第三章 嵐は突然に

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「もう平気なら、送って行こう」 そう口にするとドアの方へ足を向けた統括に、慌てて声を掛ける。 「だ、大丈夫です。自分で帰れます」 ドアまであと二歩、というところで足を止めた彼は、半身をこちらに振り向かせ短く息をつくと 「歩いて帰るのか?終電はとっくに終わってるぞ」 と、わずかに面倒臭げに言う。 ピクリとも上がらない口元と緩まない目元。 デフォルトとなったその“鉄壁(アイアン)()()”の表情に、胸の奥にさざ波が立つ。 「タクシーで帰ります」 挑むような口調で返すと、彼の瞳がかすかに見張られた。 表情に動きがあったことに内心驚いていると、彼はすぐにいつもの鉄鎧を纏ったような顔に戻った。 「台風のせいでタクシーも出払っている。ここも明日は休みだ。定時前に社全体に通達されている。見なかったのか?」 「っ……」 統括からの指摘に、背中がヒヤリとした。 仕事に夢中になるあまり、メールのチェックを怠っていた。入社六年目にもなるのに、新人みたいなミスをしてしまった。外部からの重要な連絡だったら、冷や汗では済まないだろう。会社内の連絡事項で済んで良かった、とホッとする。 「明日の昼まで一人でここに居たいのであれば構わないが、そうでなければ大人しく着いて来い」 言うだけ言うと、前に向き直りスタスタと応接室を後にした彼を、私は慌てて追いかけたのだった。
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