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央都にスノーコットがガランダウス軍から侵攻を受けているという情報が入ったのはちょうど帝国中央軍事会議の最中だった。
アラスタリス帝国は三十もの王国からなる連邦国家であり、スノーコット王国はその中の一つだ。中でも央都を囲む8つの王国は経済力、軍事力でも抜きん出ており、それらの国の国王は帝国中央軍事会議で発言をすることが許されている。軍事国家であるアラスタリスにおいて、この円卓を囲むことこそ最も権力を有していることの象徴であった。
『メルフォーゼ。スノーコットはお前の管轄区域内だったな。』
側近からの緊迫した知らせを聞き、第29代アラスタリス帝王のシャルル=ジャンは俺に目を向けた。
ああ、と俺は頷く。
『まずいことになっているようだのう。』
他の王たちもざわめき出す。どうするつもりかと、口々に言葉が交わされる。
『とりあえず、メルフォーゼは先に行ってスノーコット王を援護しなさい。こちらで近隣の国に援軍を送るように伝えるから。』
俺はうなずくと会議室を後にした。
ここから空路を使ってもスノーコットまでは2時間がかかってしまう。魔力の消耗が激しいが、時間が惜しい。
俺は送還魔法でスノーコット宮殿の上空に自分を瞬間移動させた。
上空から見る戦況は聞いていたものよりずっとひどいものだった。
王宮の周辺の街からは火の手が上がり、市民の悲痛な叫びが聞こえてきた。
スノーコットはアラスタリスの中でも飛び抜けて貧しい国だった。というのもこの国は一年の半分は雪に覆われた雪国であり、大した産業も特産品もない。人口が少なく、若者たちは皆中央都市に出稼ぎに行くため、国境を護る軍事力がなかったのだ。今まで流れの激しいダガ運河を超えてスノーコットに侵攻してくる国はなかった。
油断したな、と俺は舌打ちした。
黒煙が立ち昇る王宮に身を滑り込ませると、廊下にスノーコット王の護衛の兵士たちが息絶えているのを目にした。
まずいな。
俺は身をかがめて王座の間に走り、その重鎮な扉を剣で薙ぎ払った。
『スノーコット王!』
そこにはガランダウスの兵士に押さえつけられた王の姿があった。
もう1人の兵士が刀剣を振り下ろすところであった。
『どけ!』
俺が兵士たちに手をかざすと、床に魔法陣が浮かび上がり召喚された無数のサーベルが兵士たちを貫いた。
急いでスノーコット王のもとに駆け寄ったが、彼の胸には深い刺傷があり止めどなく血が溢れていた。
もう、手遅れだった。
『これを...。ナイトメア…頼みます。』
スノーコット王は懐から手帳を取り出し、俺に差し出した。
それを俺が受け取るまもなく、スノーコット王の手は床に叩きつけられたのだった。
俺は息を引き取ったスノーコット王に短い祈りを捧げると、年季の入った牛皮の手帳を開いた。
それはスノーコット王の手記だった。
俺はその頁をパラパラとめくった。
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ついに、リリアンと私の子が生まれた。
なんて美しい子なんだ。この世にこれほど美しい赤子がいるだろうか。
しかし、一目見た瞬間からこの子は悲痛な運命を歩むことになると感じた。
リリアンはこの子をナイトメア《悪夢》と名付けた。美しいこの子には不釣り合いな名だ。
しかし、戒めのためにもそう呼ぶことにしよう。
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7つになりナイトメアの魔力が覚醒した。
ナイトメアの世話をしていた使用人2人が死んだ。
この子は危険だ。
誰も見てはならない。
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ナイトメアは日々美しくなってゆく。
惑わされてはいけない。
あの美しい子供は、自らを美しいと思った者を死に至らしめる恐ろしい能力を有している。
まさに悪夢のような―――
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そこで記述は途切れていた。
この王宮のどこかに悪魔のような能力を持った子供が隠されているのだ。
その子供を敵の手に渡らせるわけにはいかない。
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