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『お前がナイトメアか。』
低く、心臓を突き刺すような声に僕は震えた。
「は、はい」と返事をするのが精一杯だった。
『俺は央都からスノーコット王の援護で来たメルフォーゼだ。残念だが、スノーコット国王は死んだ。』
『そう...ですか。』
その知らせに何も感じなかった。僕が寝ている間に度々父上が顔を見に来るのを名前も知らない盲目の使用人が教えてくれた。
しかし、僕は父上の姿を目にしたことはなく、ただ一度として言葉を交わすこともなかった。
だから、この部屋に軟禁されることになった7つの誕生日以来、父上は死んだも同然だった。
『僕はどうなるのでしょうか。』
『さあな。とにかく央都に来てもらおう。』
メルフォーゼは僕の両腕の自由を奪っている手錠に手をかざした。すると、小さな破裂音とともに重厚な鉄の塊はいとも簡単に砕け散った。
急に重みを失った僕の手は不自然に宙を泳いだ。
『さっさと立て。』
『は、はい…。』
僕はベッドから立ち上がろうとしたが、足に力が入らず、無様にカーペットに転げ落ちた。10年間、全く歩くことのなかった足は筋肉が衰え、立ち上がることすらままならなくなっていたのだ。
チッという舌打ちに、僕の肩は大きく震えた。早く起き上がらなければと必死に床に手をついて身体を持ち上げようとした。
すると、ふわりと身体が床から離れた。
あれ、と思う間もなく、僕の身体は反転させられ、メルフォーゼの横顔が僕の視界を覆いつくした。
サーっと血の気が引くのが分かった。
僕はこの謎のとても偉いであろう人に抱えられているのである。
『メルフォーゼ様、』
僕の言葉を待たず、メルフォーゼは僕を抱えたまま5階の高さから外に飛び降りた。
『ラグラス!』
空中に大きな魔法陣が浮かび上がると、小さな衝撃があり、今度は周りの景色が急に下降し始めた。
はじけるように視界が開けた。
空を飛んでいる。
東には深い樹海が、西には広大な湖が広がっていた。初めて知る世界の広さに僕の瞳から涙が零れ落ちた。
メルフォーゼの足元に目を向けると、赤い鱗の巨大な双翼が力ずよく羽ばたいているのが見えた。
使用人が暇つぶしにと時折持ってきてくれる書物に書かれていたものに似ている。アラスタリスのずっと南にある溶岩地帯に住む古代飛竜ラグンティスだ。また、その本には人間が召喚獣としてドラゴンと契約することは不可能だとも書かれていた。
それよりも僕は気になって仕方がない疑問が一つあった。
『何故僕があの部屋に閉じ込められていたのかご存知ですか。』
メルフォーゼは僕にちらりと目を向けると、懐から手帳のようなものを取り出し僕に差し出した。
『スノーコット王から預かったものだ。そこに記されてあった。』
僕は適切な言葉が見つからずに口をまごつかせた。
『なぜ俺にお前の魔力が効かないか、か?』
メルフォーゼ様は僕を抱いていない右手で自分の顔の右半分を覆った。
そして手を顔から外すとそこには、黄色く、猫のように瞳孔が細い瞳が現れた。それは紛れもなく飛竜ドラゴンの瞳だった。
『俺は竜騎士<ドラゴンナイト>。ラグンティスの血が流れている。そしてラグンティスの魔力は―――』
とても厄介な能力、魔力封じ。
『だが、竜騎士は所詮人間だ。この能力も完全じゃない。魔力封じを発動している間は、その相手に俺も魔力が通じないという致命的な欠点がある。』
それを聞いて僕はなぜか少し安心した。
僕の魔力は僕を美しいと思った相手を死に至らしめるというもの。
メルフォーゼが僕のことを美しいと思わなかったのかもしれない、という疑念が僕の胸につっかえていたのだ。
『僕は央都でまた閉じ込められてしまうのでしょうか。』
せっかく外の世界に出ることができた。もっともっといろんなものを見たいという欲が芽生えてしまった。
しかし、僕は大好きだったメイドと執事を7つの時に殺してしまった。目の前で血飛沫をあげて絶命する二人を目にし僕は二度と他人と関わるべき人間ではないということを悟ったのだ。
しかし、メルフォーゼの答えは僕の予想を外れるものだった。
『その魔力、制御できるようになれ。そうしたら俺の下においてやる。』
もし、僕がこの能力を使いこなすことができるようになれば、僕は人と関わることが許されるのかもしれない。
もう独りで泣くこともないのかもしれない。
無意識に震える拳に、僕を抱えるメルフォーゼの腕に力が入ったような気がした。
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