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第三話 隣国の秘宝
『ハァ…ハッ…』
ここはどこだろう。
月明りもなく、右も左も分からない。
遠くで、肉食獣の遠吠えが聞こえる。
―――――――――――――――――
メルフォーゼとの魔力制御訓練を終えた僕は、訓練初日にも拘わらず精神が崩壊する寸前に陥っていた。
『ナイトメア様。訓練お疲れ様です。』
いつの間にか僕の部屋に来ていたラグラスが紅茶を差し出している。
「ありがとう」と僕は受け取ったがとても喉を通る状態ではなかった。
『素晴らしい成果だったそうですね。メルフォーゼ様も上手くいけば一ヶ月後には魔力を完全に制御できるとおっしゃっていましたよ。』
僕の手からティーカップが転げ落ち、カーペットを濡らした。
一ヶ月…?あと一ヶ月だって?冗談じゃない!
あんな訓練を続けていたら3日と待たずに廃人と化してしまう。
―――逃げるしかない。
宮殿が寝静まった午前1時。
僕はこの宮殿に入る際にラグラスに案内してもらった秘密通路を通って宮殿の裏口を出た。念のために深く、フードを被る。
ここを出るためには裏門を出なけれならないが、宮殿には常に見回り兵が短い間隔で巡回をしているし、裏門は十人体制の見張りがいる。彼らに気づかれずに城外でることは至難だ。
僕は茂みの陰に身を潜め、監視の目が和らぐタイミングを見計らうことにした。
『なにしてるの?』
――――!!
真っ白な短い髪を二つに結った5つぐらいの女の子が僕の隣にちょこんと座っていた。僕は声が出そうになるのを必死に抑えた。
驚いた拍子にフードが脱げて顔を見られてしまったが、女の子は何ともないようだった。美醜の感覚が無い小さい子供には僕の魔力は効かないのかもしれない。
『わたしはマロニ。おねえちゃんはなんていうおなまえ?』
普通の声のトーンで話す幼女にの口を抑えた。
『しーっ!ひそひそ声で喋って!』
僕が囁くと、マロニはこくりと頷いた。
『おねえちゃんのおなまえ、なあに?』
『おにいちゃん、だよ。僕はナイトメア。君はなんでこんなところにいるの?お母さんは?』
マロニは分からないといった様子で首を傾げた。
もしかして迷い子かもしれない。
『おにいちゃんは、なにしてるの?』
『僕はね、あそこにいる兵士さんたちに気づかれずにこのお城から出たいの。』
なーんだ、とマロニは立ち上がった。
そして、僕の手を引いて堂々と門の方へ歩こうとした。
『マロニちゃん!見つかっちゃう!』
僕がマロニの腕を引くとマロニは首を横に振った。
『だいじょうぶ。みんなマロニのことみえない。』
マロニは「みてて」というと巡回していた兵士に向けて「わっ」と大きな声で叫んだ。
しかし、兵士はこちらを振り向くことなく去って行ってしまった。何も見えていないし聴こえていないようだった。
マロニはステルスのような魔力を持っているようだった。
僕はマロニに手を引かれて堂々と裏門を誰に見られることもなく通ることができた。
『マロニちゃんありがとう。マロニちゃんのおうちまで送っていってあげる。』
僕がそう申し出ると、マロニは首を横に振った。
『マロニのおうちここ。』
マロニは宮殿を指差していた。マロニは使用人の子供なのかもしれない。
『おにいちゃん、バイバイ。』
『待って!』
僕の呼びかけに振り返らずに、マロニはパタパタと裏門から再び宮殿に入っていってしまった。
宮殿の裏は森が広がっていた。
ラグラスの背中の上で見た限り、この森を北にまっすぐ抜ければ街に出る。
僕はチラリと宮殿を振り返り、森の中へと走り出した。
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