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2 退院はしたけれど
「熱、下がったか?」
アキラの自室にいきなり現れた従兄の現物に、柔らかい枕に頭を預けたまま目を瞬かせる。
「退院してからずっと、部屋から出てないって、叔母さん言ってたけど」
「うん」
あくまで軽い、しかし心配しているようにも聞こえる従兄の声に、アキラは気怠く首を横に振った。熱は、下がっている。検査数値には問題は無いと、主治医の先生は仰っていた。しかし、勉強する気力も、起き上がる気力すら、湧いてこない。
「成績も落ちてるって、叔母さん、心配してたぜ」
「うん」
生まれた時から身体が弱いアキラの心配ばかりしている母の、下がりきった眉が、脳裏を過る。心臓が元気になったのだから、母にこれ以上の苦労をさせるわけにはいかない。従兄や、アキラの母と同じ医学の道に進むのが希望だが、体力的に難しければ、アキラの父と同じように人工知能開発の分野へ進めば良い。弱った感情を、アキラは何とか心の底へと押し込んだ。
「まあ、学業はなぁ」
アキラの葛藤の横で、従兄のヨウイチが諦観した笑みを浮かべる。
「心臓疾患で入院してたわけだし、少々遅れても仕方ないよなぁ」
そう、なのかもしれない。従兄の言葉に頷く。従兄と同じように最先端の医療工学を勉強したいと思っていることは、確か。だが。心臓の移植手術を受けてからずっと、底知れぬ冷たさが腹の底に居座っているような気がする。
「あ、そうそう」
不意に、ヨウイチがアキラの部屋のクローゼットを大きく開ける。
「良し。服はあるな」
「?」
そう言えば、従兄は何をしにアキラの部屋に来たのだろう? 母が購入したのであろう小綺麗な色のスーツをクローゼットから引っ張り出す従兄の、ぴったりと決まったグレーのスーツに目を細める。
「医療工学生が集まるパーティーがあるんだ」
引っ張り出したスーツを、アキラが横たわるベッドの上に広げた従兄の言葉が、アキラの疑問に解答をくれた。
「パーティー?」
「勉強の合間の気晴らしさ」
首を傾げるアキラに、従兄がにやりと口の端を上げる。従兄が通う高等教育機関では、様々な分野を学ぶ学生に対して交流の場を提供するために、一月に一度の割合で繁華街にある店を借り切って様々な催しを行っているらしい。
「未成年は招待しない決まりだけど」
高等教育を受ける学生達の姿は、医師あるいは研究者を目指すアキラの刺激になるかもしれない。従兄の言葉に、大きく頷く。
「良し、決まり」
着替える前に身体を洗った方が良いかもな。あくまで軽い従兄の言葉に、アキラは気怠い身体を起こしながら微笑んだ。
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