姉の小さな手 4

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姉の小さな手 4

 次の日。  自分の部屋で起きあがった徹を襲ったのは、これまで経験したことの無い、頭痛。 「二日酔いね」  唸り声をあげながら居間に顔を出した徹に微笑む姉の姿が、昨日の居酒屋での光景と同じようにぼんやりと霞んで見える。 「今日は土曜日だから、水としじみ汁を飲んで寝てれば良いわ」  よろよろとテーブルの前に座った徹の前に置かれた、湯気の立つ汁茶碗を透かすようにして、それを用意してくれた姉の小さな手を見つめる。カクテルのことを際限なく話してくれた女性――後で、意外に面倒見の良い植村から『斉藤(さいとう)千夏(ちなつ)』という名の人だと教えてもらった――の細く光る指も綺麗だったと、正直に思う。だが、飾り気の無い姉の指の方が、徹には好ましく思える。しじみ汁をすすり、昨日のことを茶化す青木からのメッセージを携帯端末から読み取りながら、徹は小さく呻いた。千夏という名の、あの細くしなやかな手の女子と付き合うのも、悪くないかもしれない。でも、それでも。頭の痛みが増した気がして、徹は今度は大きく呻いた。  その時。携帯端末に届いていたもう一つのメッセージに、ようやく気付く。徹と姉の梓を自分の両親に預け、自分は世界を飛び回っている父からだ。仕事が一段落したのでそのうち帰る。帰ってくるのかどうか分かりかねるメッセージに、徹は思わず口の端を上げた。  と。 「徹」  小さく沈んだ、姉の声が、徹の耳を強く叩く。 「父さんが帰ってくる前に、逢ってほしい人がいるんだけど」  ああ。頭の痛みが、全身を駆け巡る。徹がいくら愛おしく思っていても、姉は、あくまで姉。いつかは。  小刻みに震えて見える姉の小さな手に、自分の心を、何とかして偽る。 「良いよ」  ようやく絞り出した声は、姉にはどう聞こえただろうか? そのことを確認する余裕は、徹にはなかった。  姉の、職場の先輩だという、山中(やまなか)という男性は、徹よりも大柄な男だった。  その男性の、徹よりも大きな手に乗せられた姉の小さな手を脳裏に浮かべながら、徹は自室のベッドに突っ伏した。  今日、一緒に食事をしただけだが、あの山中という奴は、良い奴だと判断できる。生意気な感情のまま、徹は小さく首を横に振った。結婚は、徹が大学を卒業するか父が日本に腰を据える気になった頃まで待つと、姉も、山中という男性も言っていた。その気遣いすら、徹を苛立たせるには十分だった。  だが。姉は、姉。いつかは、……別れなければならない。  気怠げに、携帯端末を手に取る。この間の合コン以来、千夏という名の細い手をした女子と、小さくメッセージのやりとりをしている。カクテルを好む千夏が行きたがっていた、入るのに躊躇するバーという店に、溜めっぱなしのバイト代を使って誘ってみようか。そう思いながら携帯端末を操る徹の手に重なった、姉の小さな手の幻覚に、徹は携帯端末を放り投げた。
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