57人が本棚に入れています
本棚に追加
第15話 闘厨第2試合、昨夜の残り物対決。こんなときこそ関西名物・異世界風
「時間、そこまで。各々調理を終えてください」
司会がそう宣言して、闘厨の予選第1試合が終了した。
ほっ、と緊張の緩む気配が立ち込めて、周囲からは拍手が聞こえてきた。
とはいえ、料理の審査はこれからなので勝負はまだ序の口だといえる。
5人の審査員とおぼしき人たちが試合場へと降りてきて、それぞれの料理の検分を始めた。
みんなドレープのついた白い服をゆったりと身に着けており、なんだかイメージの中のローマ人みたいだ。
結構ドキドキしながらしばらく気を張っていたものが、ようやく他の料理を眺めるゆとりが戻ってきた。
さっと見渡して、わたしはたまげてしまった。
あの食材、この短時間でよくぞ、と思うくらいしっかりした料理が並んでいる。
お肉をうまくかさ増ししたボリュームのある品が多く、遠目にもすごくおいしそうだ。
ほとんどの人が傭兵団員だったり、旅人相手に料理をつくるプロなのだろう。
年季も技術も筋金入りだ。
すっかり圧倒されているわたしのところにも、審査員が巡回してきた。
求められるままにガレットを切り分けると、よく観察して手元の台帳みたいなものに何か書きつけ、一片をつまむと目を閉じて咀嚼した。
うわあ、めちゃくちゃ緊張する。これ。
余計なことを喋らないのが流儀みたいで、いずれの審査員も同じ動作を行い、食べ終えたらやっぱり何か記入して次のブースへと足を運んでいく。
すべての試食が終わると、審査員たちは円陣になって台帳を見合わせ、ごにょごにょと相談を始めた。
ほどなく打ち合わせが終わり、司会を中心にしてわたしたち出場者に向き直った。
実に手際がいいというか、迅速な審査だ。
「いずれも心のこもった、おいしい品でした。しかし今大会の趣旨に則り、第1試合では半数を選考しました」
司会がアナウンスを続け、選考に残った者の名前を読み上げ始める。
「○○の傭兵団」といった名乗りが多く、やはりほとんどがプロだ。いわば主計兵や烹炊員といった戦場の料理人なのだろう。
「黒髪の魔女・イオ」
わたしの名前が呼ばれて、はっと我にかえる。
さっと他の選手からの視線が集まり、たじろいでしまう。
というか、魔女って……。
エントリーしてくれたのはリジュなので、しっかりそういう異名を書き込んだのだ。
すごく恥ずかしいけど、目立つことはこの上ない。
半数、とされた選手は全部で20名ほどだろうか。
みんな料理人というよりはまるで戦国武将みたいな面構えをしているけど、さっきまでは気付かなかった女性選手の姿もちらほらと見受けられる。
進行はなお手際よく、このまま第2試合が始まるという。
司会がその旨を宣言して、さっそくお題の食材が発表された。
布を取り払った台の上には、あたかも昨日の夕食の続きかのような光景が広がっていた。
スープの残りとか、お肉の煮込みの残りとか、あとはさっきと同じように野菜の切れ端なんかも盛られている。
つまり余り物でリメイク料理をつくってみよ、という趣旨らしい。
司会から「始め」の声がかかっても、今度は食材の争奪戦みたいにはならない。
みんな若干の戸惑いを浮かべつつ、これで何がつくれるか頭をフル回転させている様子だ。
けれど、これはわたしの得意なジャンルな気がする。
食材に近付いてみると、野菜は各種の切れ端以外に丸のままの馬鈴薯がたくさん。
あと、大量のキャベツが目に飛び込んできた。
この時期のものなら冬キャベツのはずで、固く身がしまっているけど旨みが凝縮されておいしいはずだ。
ただし、その中でもとりわけ固い芯の部分が盛られている。
あとは煮詰まったデミソースとか、お肉のすじ部分だけが残った煮込みとか。
ありがたいことに、小麦粉やたまごも用意されている。
そこまで見渡して、ぴんと閃いた。
これなら、あれがつくれる!
わたしはキャベツの芯を中心に、いくつかの材料と余り物を抱えて自分のブースへと戻った。
することはとってもシンプルで、たいした手間ではない。
キャベツの芯を水ですすいで、ひたすらみじんに刻んでいく。
もともとがしっかりした冬キャベツなので、ふつうよりも細かめにしておく。
お題食材の余り物のうち、煮込みのすじ肉部分を取り出して、これも小指の先ほどの大きさに切った。
木のボウルにみじん切りキャベツの芯とすじ肉を入れ、ちょっと考えて生の馬鈴薯をすりおろして加えることにした。
長いもなんかあるとふわとろ感が増しておいしいのだけど、じゃがでも変わったつなぎになるかもしれない。
すじ肉に味がついているので調味料は足さず、たまごを割り入れて小麦粉をふるい、かしゃかしゃとかき混ぜる。
粉はちょっと少ないかな?と思うくらいが適量。
多すぎるともったりするうえに、ふんわりと膨らまなくなってしまう。
油をひいて熱しておいたフライパンをいったん火から下ろし、濡れ布巾に底を押し当てて温度を下げる。
ホットケーキを焼くときと同じ要領だ。
ボウルの中身を厚くまあるくなるように、そっとフライパンに流し入れる。
じゅわあっ、と煽情的な音が立ち、野菜が油で焼ける香ばしい匂いが立ちのぼった。
その瞬間、わたしは唐突に思い出した。
この料理は、夫の故郷の名物だ。
そう、「お好み焼き」。
いつだったか、わたしの目の前で焼いて食べさせてくれたのだった。
脳裏に蘇ったその光景は断片的で、すぐそこの記憶に佇む夫の顔にも影がかかって見られない。
でも、確かにこの料理の手順を、わたしの身体ははっきりと覚えているのだ。
鼻の奥がツンとするような感傷に一瞬襲われたけど、このことはむしろわたしにとても元気を与えてくれた。
頃合いをみて、お好み焼きをひっくり返す。
おいしそうな焦げ目が食欲をそそり、まだ焼けてない部分が油に触れてじゅじゅわわあっ、とはやし立てる。
お好みソースなんてないけど、余りのデミグラスにちょこっとお砂糖を加えて煮詰め、コショウをぱっぱっと振ったらめちゃくちゃおいしいソースができた。
ずいぶんと豪勢なお好みソース。
削りぶしや青ノリなんてあるといいのに、と思ったけどせんなきことだ。
さっきのガレットで学んだので、審査用の一口サイズに切り分けておく。
端の一片を思わず味見すると、イメージとはちょっと違うけれど立派なお好み焼きだ。
冬キャベツの芯を小さめのみじん切りにしたのもよかったし、すりおろし馬鈴薯のつなぎもうまくきいている。
あふあふと口の中で転がすと、つぶつぶ食感のキャベツの甘みがほろほろとくずれ出して、とってもおいしい。
それぞれの料理ができあがると、またまた審査の人たちがわたしたち選手のブースへと巡回してきた。
たぶんそういうルールなのだろう。審査員は誰も言葉を発しないけど、お好み焼きを前にした一人は「おっ」という顔をして、チラッとわたしに目をやった。
ふふん、おもしろいでしょう。オコノミヤキっていうのよ。
世にも珍しい、異世界のソウルフードやで~。
などと脳内で遊んでしまうのは、かなりテンションが上がっているみたいだ。
とても久しぶりに夫に関する記憶の断片に触れて、大切な思い出の料理を身体が覚えていた。
異世界でそれをつくって、いま目の前の人が味見をしようとしている。
楽しいじゃない!
「あ、あふっ」
お好み焼きをほおばった審査員が、思わず息をもらした。
そう、熱いのよ。粉モンは。
気いつけなヤケドしてまうで~。
取り置いていたきれいな水を差し出そうとしたら、その審査員ははふはふ言いながら手で制し、目だけで少し微笑んだ。
おいしい。そう言ってくれているのだと、ちゃんと伝わってくる。
まったくあり合わせの材料だったけど、関西では牛すじ肉の煮込みはとってもポピュラーな料理で、お好み焼きの具にもすることがある。
メインとなる具は「玉」と呼ばれ、豚肉なら豚玉、烏賊ならいか玉、色々入ってたらミックス玉、なんていう言い方をする。
すじ肉はもちろんすじ玉で、今回ははからずもその再現となった。
あらかじめ煮込んであるすじ肉は、冷めると硬いけど熱を通すことでぷるぷるむちむちした、楽しい食感になる。
ちょうどキャベツに挟まれて、その水分で蒸し焼き状に加熱されたすじ肉は、絶妙のもっちり感でアクセントを添えてくれた。
何よりもこの料理を通して、失っていた記憶の一部を引き寄せられそうな手応えを感じたことも大きい。
毎日料理をつくって、大事な人と一緒に食べていたであろうその時間までは、誰にも覆い隠すことなどできはしない。
すっかり前向きな気持ちになっていたわたしは、アツアツのお好み焼きを審査の人たちに食べてもらえるよう全力で火加減に集中した。
5人の審査員すべてが「はふっ」とか「あふっ」と言いながら食べるのをみて、わたしはたいへん満足した。
この大阪名物のおかげで、第2試合の通過者にわたしも選ばれていた。
さらに半分、10人にまで絞り込まれた選手たちは、後日改めて料理の試合が行われる旨を伝えられた。
それはいよいよ、王の臨席する"王選御前仕合"の舞台になるのだという。
最初のコメントを投稿しよう!