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第16話 ウォルと王都の子どもたち。しばしの休息と新メニューのりんごあめ
闘厨の部の第2試合も勝ち抜いて、あとは王の御前での料理披露を待つ身となった。
そんな"王選"の試合はすべてクライマックスに行われ、3か月にも及ぶこの催しの多くはそこへと至る予選なのだ。
全然気が付かなかったけど、リジュと瑠依ちゃんもウォルの案内でわたしの試合を見に来てくれていたという。
ザンギ串の常連さんなのでリジュとは顔見知りのはずだけど、いつの間に瑠依ちゃんとも仲良くなったのだろう。
まあ、あの調子だと誰にでも懐っこく、誰からもかわいがられるにちがいない。
じゃが皮のガレットはともかく、お好み焼きは激しくリジュの興味を惹いたみたいだった。
「食べたい食べたい!イオ、王選が終わったらわたしにもつくって!」
「もちろん。かんたんだから、大会の後じゃなくてもつくるからね。みんなで集まって囲むとおいしいよ!」
そうだ、あの料理は大勢で食べるのにもってこいだ。
微かな思い出のなかでは、瑠依ちゃんが遊びに来た時に夫が焼いてくれたのではなかったか。
わたしの気持ちをさらに前向きにしてくれたのは、料理を通じてほんの少し記憶のしっぽを掴めそうになったことだった。
大切なものの記憶を封じるという魔法。
誰が、なんのためにそんな術をかけたのかはわからないけど、きっと解くことができる。
そんな確信が、明るい気持ちにさせてくれていた。
最終試合までの間、引続きザンギ串をつくり、図書館で文献にあたり、可能な限りほかの試合場に足を運んで選手や観客を観察するという日々が続いた。
図書館には一人で行くこともあったし、リジュか瑠依ちゃん、または二人とも一緒のときもあった。
リジュがわたしたちのために、惜しみなく調べものに時間を割いてくれるのが本当にありがたい。
この世界での博士号をもっているリジュに、瑠依ちゃんは研究者としても強く敬意を感じているのが伝わってくる。
なんにせよ、二人が意気投合して友だちになってくれたのは、とってもうれしい。
調べものを終えて図書館を出ると、たいていウォルがどこからか現れるのが常だった。
彼はその日のめぼしい試合会場に連れていってくれたり、おいしい屋台を教えてくれたり、王都をまるで自分の庭みたいに案内してくれるのだった。
「だって生まれてこのかた、生粋の王都っ子だもん」
ウォルはそう言って笑い、すいすいと裏道を通り抜けていく。
彼はそして、諸国の事情にもたいへん詳しかった。
さまざまな試合に出場する人たちを指して、
「あの左半分だけの鎧は、南方の人たちだよ。諸手の剣術が強くて、傭兵としてどこの国でもひっぱりだこなんだ」
「あの楽隊は西の小さな国の人たち。手に持ってる笛みたいなのは、王宮でも使われてる。リードにする植物は暑いところにしか生えないから、南方諸国とは仲がいいかな」
「審査員の後ろ、貴賓席にいるのは"帝都"からの使者だよ。王の成人で祝賀使として遣わされたんだ」
等々、たとえ地元っ子にしても大人も舌を巻くような事情通だ。
しかも的確でとてもわかりやすい。かしこい子だけど、いったい何者なのだろう。
「ねえ、ウォル。いつもわたしに付き合ってくれるけど、お父さんお母さんはちゃんと知ってるの?」
ある時、なんの気なしにそう聞いてみた。
「二人ともおれが小さいときに、戦で亡くなったよ」
あっけらかんとした答えに胸が痛んだけど、きちんと聞いておかなければならないことだ。
「ご兄弟は?お兄さんとか、お姉さんはいるの」
「姉う……姉ちゃんが一人いるけど、すごい忙しいんだ。だからもう、何年も遊んでもらってないよ。でも……もうすぐ俺も姉ちゃんの手伝いするんだ」
ウォルはそう言うと、初めて見るような寂しげな顔をした。
10年前、この世界で大きな戦争があったことは白夜のマスターからも聞いていた。
多くの人が犠牲になり、まだほんの小さかったウォルもその渦中にいたのだ。
わたしもいつまでもゲストのような顔でいるのではなく、その歴史を知っていくべきだろう。
寂しげな表情を見せたのは一瞬で、すぐにいつもの明るい顔に戻ったウォルは、
「いこうよ、イオ。今日は楽団の演奏試合があるんだぜ!」
元気よくそう言って、これもいつものようにわたしの手を引いて駆け出してゆくのだった。
この王都に来てから気付いたのは、子どもの数が少ないということだ。
もちろんいるにはいるのだけど、ウォルと同年代かそれ以下の年齢の子たちを見かけることはあまりない。
働いている子や、あるいは外出を許してもらっていない子、一人では出かけられない小さい子もいるだろう。
しかしこの世界での保育園を兼ねた、教会のような施設を目にしたときも子どもの姿はまばらだった。
大きな戦争の影響は、少子化にもおよんでいたのだ。
ウォルにくっついてあちこち歩くうち、道のところどころに大きな樽が置いてあるのが目についた。
ある時ウォルが突然それに手を突っ込み、その場で中のものにかじりついたのでびっくりした。
「わ!なになに、それだまって食べちゃっていいの?」
あたふたするわたしをケラケラ笑いながら、ウォルがそれを一つこちらにも放ってよこした。
すとん、とうまいことわたしの手のひらに着地したそれは、なんともかわいらしい姫りんごだった。
聞くと、この時期には王都周辺で大量に実るのだという。
市場に並べるようなものはもっと大きく育てるらしいけど、これは途中で落ちたり摘み取ったりしたものだ。
誰でも自由にとって食べてもよく、特に荷車を牽く馬にあげるのにも喜ばれるそうだ。
子どもたちもおやつがわりに食べるので、ウォルにとっては慣れ親しんだ味覚だったのだ。
ということで、わたしも遠慮なく頂いた。
かじりつくと爽やかに熟れたりんごの香りが、口いっぱいに広がった。
小さくても身はとてもしっかりしていて、酸味の強い果汁があふれ出してくる。
これは喉を潤すのにとても素敵な果物。
それにきっと、お菓子の素材にも向いているだろう。
もう一口姫りんごをかじった時、わたしはとってもいいことを思いついた。
「ウォル、明日はまたお店に寄ってくれる?いいこと考えたの」
え?なになに?と笑うウォルに、わたしはふふんと鼻を鳴らし、
「新メニューの試食に招待するわ」
自分でもわかるくらいの得意顔で、そう宣言したのだった。
かくして次の日。
約束通りお店に来てくれたウォルに、わたしはその新メニューを差し出した。
「わあ!なんだいこれ!?りんごが、飴に閉じ込められてる……?」
そう、姫りんごを使ったミニりんごあめだ。
王都のような寒い地域でたくさんお砂糖が手に入るのが不思議だったけど、一連のことから南方諸国と交易のあることがよくわかった。
お砂糖もそんな舶来の産物のひとつで、ヤキトリのタレづくりでもお世話になったものだ。
お砂糖を水で煮溶かして、飴状になったそれを串に刺した姫りんごにからめて立てておく。
自然に冷めて固まれば、立派なりんごあめのできあがりだ。
夏祭りの屋台みたいに真っ赤ではないけど、ストレートな甘さとりんごの酸味がよく合って、すごくおいしい。
リジュや瑠依ちゃんにも大好評で、わたし自身も子どもの頃大好きだったので、とっても懐かしい気持ちだ。
大人のお客さんも興味を示してくれたのに申し訳ないけど、今回は街の子どもたちへのサービスとして配ることにした。
レシピは簡単なので、豊富なこの時期の姫りんごとお砂糖で、どこのお店や家庭でもつくることができるだろう。
ウォルが声をかけてくれたため、子どもたちが集まってたいへんにぎやかになった。
りんごあめはとても喜ばれて、わたしも胸の奥があったかくなるような嬉しさでいっぱいになる。
「ウォル、おともだちと遊んできたら?」
子どもたちのほうを見ているウォルにわたしがそう声をかけると、彼は慌てたようにぶんぶんと首を振った。
「いや、ほら。おれ、家の手伝いしなきゃだからさ!」
そう言いおいて、あっという間に駆け出していってしまった。
「りんごあめ!すげえおいしかったよー!!」
遠くの方で、そう叫ぶ声だけが聞こえてきた。
隙間時間での図書館通いも回数を重ね、わたしは索引の精霊・アンデクスともすっかり気安くなって「アンちゃん」と呼ぶようになっていた。
「わたしをそう呼ぶのは貴女が初めてです。学士」
いつもの抑揚のない声に、ほんの少しだけ照れのようなものが混じっていると感じるのはわたしの思い過ごしだろうか。
自分では文字を読むことのできない膨大な数の文献から、訪ね人と元の世界に戻るヒントを探す作業には、アンデクスの協力が不可欠だった。
でもどうやら、重要な情報はやはり禁書とされる"勅封書群"にこそ含まれていることもおぼろげながら見えてきた。
なぜなら異世界転移やマレビト、そして古代の魔法などに関する論文に掲載された参考文献をあたると、ほぼ例外なく禁書の名が挙がるからだ。
もちろん、書名は分かってもその内容にここからアクセスすることはできない。
「お答えできません、エフェンディ」
アンデクスがそう回答するたび、ますます勅封書群への希求が募っていくのだった。
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