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第2話 新米騎士団と、龍のたまごのマヨネーズ
「これは"龍のたまご"なんだ。
ほんの一口ずつで構わないから、全員に食べさせてやりたい。
方法はお任せする。調理を頼めないだろうか」
エルフのウエイトレス、リジュによるとそのお客さんは極めて丁寧に、大真面目な顔でそうオーダーしたのだという。
この傭兵酒場「白夜」には、様々な人が食材を持ち込んでは好みの調理法の注文をすることが少なくない。
金貨の代わりに支払われた馬鈴薯をまるごと油で揚げてほしいとか、弓比べで射落とした野鳥をソテーにしてほしいとか。
ところが、リジュが困ったような顔で預かってきた食材は、さすがにスリリングな感じがする。
「龍のたまご……って、ここら辺ではよく食べるの……?」
「まさか。龍がめったなことでたまごを渡すわけないわ。もし本物なら、授かった人は真の勇者だわ」
ははあ、なるほど。
龍はちゃんといて、たまごもあるのね。
わたしの心配とはベクトルの違う壮大なお話で、やっぱりここは異世界なんだと改めて思い知らされる。
「彼らは新結成の騎士団ではないかな。ほら、装備がそれなりに統一されて、同じ紋をあしらっているだろう。
自分たちの守護と崇める聖獣にまつわるものを共に口にする、団結式のようなものだよ」
話を聞きつけたマスターが目を細めて、詳しく解説してくれる。
そっか、騎士の団結式……。
この世界では10年前の戦争でいずれの国も力が衰え、常設の正規軍を維持するのが困難となっている。
そのため傭兵の存在が大きなウエイトを占めているのだけど、もう一つの防衛力の要が「騎士」と呼ばれる人々だ。
彼らは正規軍人ではないが傭兵のようなフリーランスではなく、国家に属する農園の統治権を与えられた荘園領主なのだ。
準貴族ともいえる身分ではあるけど大領主は少なく、多くは武装した半士半農の地方領主という位置付けらしい。
元いた世界の戦国時代でいう、「国人」のようなものだろう。
土地には限りがあるため誰しもが騎士になれるわけではなく、継承権や相続権を踏まえたうえで実力とタイミングがうまく合致した人物がようやく叙任されるのだという。
もちろん領有する土地の広さや収穫高によって騎士の経済力はピンからキリで、決して贅沢ができる身分ではないそうだ。
「あの紋章は、この国最古の荘園に関わる一族のものかな。先の戦以来、長らく休耕地になっていたはずだが跡継ぎが現れたらしい。おそらく屋敷もまだまともに使えず、それで傭兵酒場での団結式となったのだろうかね。記念すべき食卓だ。イオ、調理を頼めるかな」
珍しくマスターが饒舌なので、リジュもわたしもちょっとびっくりしてしまった。
マスターの過去はよく知らないけれど、こういう酒場を営んでいるだけあってかつては腕利きの傭兵だったという噂だ。
同じ戦士として、前途ある若者たちへの眼差しがよりやさしいのだろう。
マスターから調理を一任してもらうのは嬉しいものの、リジュから受け取った"龍のたまご"を前に、さてどうしたものかと頭を悩ませてしまう。
というのも、存外に小さいのだ。
うずらの卵とまではいかないものの、鶏卵よりはひと回りほど小粒だ。
色は変哲もない赤茶色で、地鶏のうみたてたまごだよー、とでもいうような控えめな風情。
わたしはキッチンの端に立ち、布仕切りからそっとホールを覗いてみた。
荒くれの酔客がたむろする傭兵酒場のこと、万が一の危険を慮ってわたしはなるべくホールに出ないよう言われている。
リジュのように美しいエルフのほうがよっぽど心配そうなものだけど、条約と魔力で守られた彼女たちには、例えならず者でも迂闊に手出しはできないのだという。
お客さんの人数と体格はリジュに聞くより見たほうが早いと思ったけれど、その騎士団のメンバーがあんまり若いことにびっくりした。
いちばん年嵩と思しき青年がリーダーだろうけど、どう見ても10代の後半くらいだろう。
彼以外に5人いる子たちは明らかにローティーンで、さしずめ騎士見習いの少年といったところか。
戦国武将は12歳くらいで初陣ということも珍しくなかったそうだから、この世界も同じなのかもしれない。
彼らは粗末ながらも清潔な身なりで、静かに談笑する様子からは規律や品のよさがにじみ出ている。
年長の青年は騎士団長ということになるのか、少年たちの彼に対する敬意もよく伝わってくる。
さて、彼らのために"龍のたまご"をどうするか――。
ほんの一口ずつで構わない、とのことだったので茹でてマッシュしようかとも思ったけど、いかんせん量が少ない。
それになんだか、もっとしっかりしたものを食べさせてあげたいという老婆心も芽生えてきてしまった。
よし、あれを作ってみよう。
わたしは龍のたまごを手に取り、切り株のまな板にコツンと殻を打ち付けた。
何度目かでようやく割れ、木のボウルに卵黄と卵白を取り分ける。
めちゃくちゃ殻が固くて、黄身もこんもりと盛り上がっているので新鮮ないいものなのだろう。
ほんとうは何のたまごなのかわからないけど。
卵黄を解きほぐしながら、これまたありがたいことに豊富に手に入るオリーブオイルを少しずつ加えていく。
かき混ぜるのは自分で作った長めの菜箸だ。
これはとても重宝している。
分離しないように気を付けて、細ーい細ーい糸のようにオイルを垂らしていくと、卵黄と混ざってほどなくまばゆいオレンジ色になってきた。
黄身1個分に対しておよそ10倍量のオイル。
普通の鶏卵だと出来上がりは、だいたい100グラムほどにもなるだろうか。
ボウルの中身が増えてきて、お箸の手応えがだいぶもったりしてきた頃にはほんのり優しいクリーム色に変わっている。
お塩は控えめに、そしてお酢はここでは貴重品なのでレモンをしぼって果汁をふりかけた。
もう一度混ぜ合わせると完成。
龍のたまごのマヨネーズだ。
今朝方仕入れたバゲットを薄く斜めにカットしていく。
2本の鉄の棒を渡して串を炙るのに使っている、焼き台のサイズに合うよう気を付けながら。
騎士団の人数に十分な量を用意し、それらにマヨネーズを塗りつけていく。
焼き台の炭火で軽く炙れば、簡単なピザトーストみたいになるはずだ。
その間に塩漬けの豚肉を薄く切り、フライパンで炒めておく。
まさしくパンチェッタのような少々しょっぱすぎる食材だけど、この世界の人たちは塩抜きせずに少量をお皿に添える。
調味料代わりでもあるので、マヨの塩気は控えておいたのだ。
取り分けた卵白は泡立てて、今日のスープにかきたまのように流し入れた。
ほんの少しずつだけど、マグで供すれば立派な一品だ。
念のため味見をしたマヨネーズは、深いコクがありつつもまろやかな、初めて食べるおいしさだった。
「龍のたまごのトーストとスープ、お待ちどおさま!」
リジュがいつものように元気よく料理を運ぶと、ホールからどよめきの声が聞こえてきた。
そういえばこの世界には、マヨネーズという調味料はあったのだろうか。
気に入ってくれるといいのだけど。
傭兵たちと違って、新米の騎士たちはしゃべることもなく粛々と食事を済ませ、整然とお店を出ていった。
それがある種の作法ででもあるかのように。
団長と思しき青年からお代を受け取ったリジュは何やら少し話し込んでいたようだったけど、お店の外まで見送ると小走りに舞い戻ってキッチンに飛び込んできた。
「"魔法みたいだ"ってさ」
満面の笑みで、リジュがそう言った。
「騎士がものの味を云々するのは無作法だとされてるんだけど、よっぽどおいしかったのね!
それに小さなたまごをみんなが十分食べられるようにした工夫にも、感じ入ったとおっしゃってたわ。
シェフにお礼を伝えてください、だって。
どんな味なのかわたしも食べてみたかったなあ!」
料理をほめられたことを我がことのように喜ぶリジュに、マスターも相好を崩している。
わたしも、やっぱりとっても嬉しい。
「ボウルに少し残ってるから、茹で馬鈴薯を和えて賄いに出すね」
さしずめ龍のたまごのポテサラ、といったところか。
「イオ。それと、大事な話を聞いたわ」
リジュは喜びながらも、急に真面目な顔に戻って切り出した。
「さっきの騎士様が、黒髪のマレビトの噂を耳にしたそうよ。なんでもすごい剣の遣い手らしくて、傭兵や騎士の間で話題になってるんだって。
イオのご主人につながる情報かはわからないけど……あたってみる価値がありそうね」
どきん、と心臓が脈打った。
リジュがお客さんに、わたしの尋ね人について聞き込みをしてくれているのは知っていた。
けれどそれらしい情報を得られたのは、これが初めてだ。
もちろんその人がわたしの夫かどうかはわからない。
でも、なにか重大な手がかりを掴めそうで、どきどきと胸が締め付けられていくのだった。
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