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第24話 魔導潜水艇と多種族の船乗りたち
周囲が海なのはさっき確認したけれど、立って見渡すとこの船はなにやら不思議な形をしている。
喫水が浅くて、細長い笹の葉状の船体が波を切って進んでいるように見えた。
そして、舷側とおぼしき部分は真っ白で、磨き上げたようにツルツルした質感。
振り返ると、デッキからぽこっと白い楕円柱のようなものが飛び出している。
なんというか、まるで潜水艦の艦橋のような……。
と、その時。
カンカン!カンカン!カンカン!カンカン!
連続して金属を打ち付けるような、けたたましい音が船上に鳴り響いた。
まるで時代劇に出てくる、火事のときの半鐘みたいだ。
そしてどこからともなく、くぐもった男のダミ声が、アナウンスのように聞こえてきた。
「オオイッ!急速潜行ッ!!
ちくしょう、出やがった!なんだってこんな海域によう!
ドク、プリュオ!お客さんつれて早く戻ってくれ!
乗船許可だぜ、ンナローめッ!!」
まるで、伝声管ごしのような音だ。
「ニャんと!
プリュオ!イオを連れて船内へ!
急げッ!!」
ドクが文字通り飛び上がり、二本足で駆け出したかと思うと、さっき見た艦橋状の構造を登り始めた。
横にハシゴが付いているようだ。
「えっ、なっ、きゅ、急速潜行!?
イオさん!と、とにかく一緒にきて!!」
プリュオが恐慌をきたしながらも、しっかりとわたしの手を掴んで走り出した。
急速潜行?
って……海に潜る、ということ?
ということは、この船は、やはり……。
先にドクが登ったのは、やはり艦橋のようだ。
頂上ではハッチが開かれ、人ひとりがやっと通れそうな穴が口を開けている。
「イオはプリュオの後に続くニャ!
踏み外さニャいように気をつけニャがら、とにかく急いで!!」
船はいつの間にか、かなり潜りかけていた。
さっきまで寝転がっていたデッキの前半分は、すでに海中に没しつつある。
プリュオに続いて船内へのタラップに足をかけたとき、彼方に水しぶきが上がる音が轟いた。
思わず顔を振り向けると、水平線に巨大な水柱が立ち上がっている。
そしてその隙間からは、とてつもなく長い、何か尾のようなものが激しくうねっているのだった。
「ハッチしめるぞ!頭ぶつけるニャよ!」
わたしの肩に飛び乗って入口に押し込むようにしながら、ドクがそう叫んだ。
次の瞬間、わたしの頭のすぐ上で勢いよくハッチがしまり、視界が真っ暗に閉ざされた。
暗い、と思ったのも束の間、頭上のハッチがあるはずのところに、赤く光る円形の紋様が浮かび上がった。
まるで魔法陣のような図だ。
それは見る間にクルクルクルっと回転して、止まったと同時に光が赤から緑に変わった。
「第一外殻扉、閉鎖締結。
ああ~、あぶニャかった……」
わたしの肩でドクが、胸をなでおろすような声でつぶやく。
だがその間にも、船は急角度で潜行を続けているらしく、とんでもない傾き方のままわたしたちは手すりにしがみついている。
「イオさん、もうすぐタラップ終わるから。
慎重に足をかけて降りてきて」
すぐ下から、先導するプリュオの声が聞こえる。
穴の底は真っ暗で、軽く恐怖すら覚える異様さだ。
やがて足先が、タラップではない平坦なものに触れて、床面に到達したことがわかった。
少し広めの空間らしいことは感じるが、いかんせん暗くて何も見えない。
「潜行中は灯火が消えちゃうから、もうちょっと辛抱してね。深度が安定したら明るく……きゃあっ!」
ガグンッ、と船体が揺さぶられて、突然さらに傾斜が強まった。
プリュオとドクとわたしはたまらず投げ出され、一緒くたに空間の隅まで滑り落ちてしまった。
「あたたた……。わあ!イオさん、ごめんごめん!」
プリュオが悲鳴を上げ、わたしは彼女の下敷きになって、何やらやわらかいものや肉球やらがぎゅうぎゅうに覆いかぶさっている。
が、身動きひとつとることができない。
ゴウン、ゴウン、と何か大きなものが回転するような機械的な音に混じって、ピシッ、パキンッ、とガラスがひび割れるような音が断続的に聞こえてくる。
暗闇の中、どれくらいじっとしていたものか、やがて船の傾斜が徐々に緩やかになっていき、わたしたちは本来の床面にどさりと戻された。
そして天井や壁のところどころに、ポウッとランプのような明かりが灯り、周囲の様子が浮かび上がった。
「水平航行に移ったニャ。魔素子の経路も復旧したニャか」
と、壁際からさっき船上で鳴り響いたのと同じ、くぐもったようなダミ声が聞こえてきた。
「みんな無事か。いやあ、肝冷やしたぜえ。とりあえず、ブリッジに来てくれ。お客さんもご一緒にだ」
そうだ。
当たり前のことだが、この船を実際に動かしている人たちがいるのだ。
ブリッジということは船長や操舵手など、操船の中枢となる人員が集まっているところだろう。
「というわけニャ、イオ。急なことばかりで面食らってるニャろうが、とにかく皆に顔見せしよう」
そう言って、ドクはしっぽを立てて狭い通路を先導していく。
ところどころに水密扉が設けられているが、ドクが肉球をかざすとプシュッと音を立てて自動ドアのように開いていく。
ほどなくやや大きめの扉が目の前に現れ、ドクとプリュオが「入ります」と声をかけると、「おう」という返事とともに解錠された。
中は思ったよりゆったりした細長い空間になっており、見たこともない計器類が並んでいるが、舵輪や羅針盤のような設備も認められた。
そして、それぞれの持ち場についているクルーが一斉にわたしの方に視線を移した。
上座、というのかは分からないけど、舵輪の向こうに設けられた一段高い椅子から、髭面の男が立ち上がった。
海軍の士官がかぶるような帽子を頭に載せており、いかにも船乗りという雰囲気だ。
「ようこそ、といいたいところだが、うれしかねえよなあ。あんた、異世界からの客人マレビトだよな?災難だったな。
だがまあ、俺たちが通りがかったのは不幸中の幸いだったぜ。
この船は魔導潜水艇"ユグラズル号"。おれは船長やってる"西岬のヨルディン"だ。
まんま"船長"と呼ばれてる」
さっき聞こえていたとおりのダミ声でそう言うと、ヨルディンはわたしに歩み寄り、帽子をとって手を差し出した。
わたしは彼と握手をかわし、助けてもらった礼を述べて名を名乗った。
「おお、聞いてた聞いてた。デッキの魔素子回線を開いてたから、会話は聞こえてくるんだ。
イオ、固くならなくていいぜえ。
だがまあ、見ての通りの緊急事態でな。
どう緊急なのか、副長から改めて報告あげてくれ。名乗りがてらにな」
ヨルディン船長はそう言って、くいっ、と舵輪の方を親指で示した。
すると舵の影からとっても小柄な、若い男がひょっこり顔を出した。
まさしくおとぎ話に登場する「ホビット」のような容姿で、少年の面影を残している。
「おれは副長兼・航海長兼・操舵手、"大アカシアのチェリオレノフ"。
昔はホビットって呼ばれてたけど、いまは"半分の人"っていうのが流行りかな。
あ、おれのことは"チェリオ"って呼んでくれ。
この船のことなら、なんでも聞いてくれよな」
人懐っこい笑顔と喋り方とは裏腹の、渋く野太い声に面食らったが、親しみやすそうな人物だ。
「いきなりの潜行で、危険な目に遭わせてすまなかった。
というのも、この海域ではまずありえないような魔素子の高反応を確認、危険閾値と判断したからだ。
観測の詳細は、水測手から」
チェリオが手を差し伸べて示した方を見ると、金髪翠眼の女性がすっと立ち上がった。
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