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第26話 プリュオと潜水艇の魔素子(マギア)
「ええ!イオさんも司厨士だったの!?
じゃあ、わたしと一緒にみんなのご飯の支度してくれる?」
料理の仕事、という共通項が嬉しかったのか、プリュオが子どものようにはしゃぐ。
「そんな、お客様に手伝わせるなんて……」
クマのチーフがたしなめながらも、少し期待のこもったつぶらな瞳でわたしを見上げる。
「いえ、職人と呼んでもらえるほどではありません。見習いみたいなものでしたから……」
でもわたしは、マイスターやみんなの言葉がうれしかった。
何か手を動かす仕事をしていると見抜いてくれたこと。
異世界からの闖入者に過ぎないわたしに、みんな本当に親身にしてくれること。
危ないところを助けてもらったというだけではなく、この人たちのために少しでもできることをしたい。
そう思うのに十分過ぎる温もりで接してくれている。
でも、この魔導潜水艇というものは、実に複雑な種族間の利害が奇跡的なバランスを保って運用されていることがプリュオの話からわかってきた。
「船内をざっと見てもらったとおりに、ほら。
この船には、あらゆる種族の技術が使われてるのね。
計器類は人間、魔素子系統はエルフ、機関はドワーフじゃないと造れないし、船内スペースが限られてるからムアティエの人たちの働きも欠かせない。ところがねえ……。
特にエルフとドワーフの仲がよくなくって」
プリュオの説明に、思い当たることがある。
確かにたいがいの物語では、エルフとドワーフといえば不倶戴天の仇同士のように描かれている。
この世界でも、そうなのか。
けれどドワーフのプリュオはさっきブリッジで、エルフのエスカリオネと顔をあわせていた。
不思議に思ってそう尋ねると、
「彼女は正真正銘の"高原のエルフ《ハイ・エルフ》"だもの。
わたしみたいな洞窟ドワーフの娘っ子なんて、そもそも相手にすらしてないの。
種族の仲違いはハイ・エルフとハイ・ドワーフの問題とまでいわれていて……」
どうやら、エルフとドワーフそれぞれの部族にもヒエラルキーがあって、その一部が伝統的に対立してきたらしい。
ハイ・エルフと呼ばれる一族は強い魔力をもつがプライドが高く、魔導潜水艇の運用上、特に気を遣う問題のひとつなのだという。
そういえばソナーのエスカリオネはどこか近寄りがたい雰囲気で、みんな名前を省略した愛称で呼び合っているのに、彼女だけは"エスカリオネ嬢"と丁寧に呼ばれていた。
ドワーフにしてもそういった階層があるなんて知らなかったけれど、それでも多種族が一蓮托生となるこの船は貴重な存在に違いない。
「そりゃあさ、ハイ・エルフのみなさんはこう、シュッとしてキレイで背も高くって、魔力も強くってさ。
わたしみたいな丸顔ちんちくりんの、だめドワーフとは違うもんさ」
なんだかいつの間にやら、プリュオがいじけだしてしまった。
「そうかなあ。
プリュオだってすごくかわいいと思うけれど……」
「なっ……!
なわっ、は、はわわっ……!!」
さらりと言ったつもりだったけど、これが彼女の琴線に触れたみたいでまともに照れてしまい、しどろもどろだ。
真っ赤になって、後はしばらく話にならなかった。
わたしは船長以下のみんなに申し出て、食事の支度や掃除などの船務を手伝わせてもらうことにした。
「お。メシ番手伝ってくれんのかい。
ありがてぇ。ネコの手も借りてえのが潜水艇だからな」
ヨルディン船長が二つ返事で歓迎してくれ、どこからかドクトルが「ニャー」と鳴く声が聞こえた気がした。
わたしはさっそくプリュオに習って、食事の支度などを一緒に始めた。
けれど、基本的にクルーが一堂に会してご飯を食べる、ということはほとんどなかった。
それぞれの種族が銘々持ち込んだ固有の食料を、手の空いたときに口にするというスタイルだった。
だからわたしたちの仕事といえば、食事をしたいというクルーのためにお湯を沸かしたりお茶を淹れたり、酢漬けや塩蔵品などの副食物を用意することくらいだ。
あとは、食器を引いて後片付け。
もちろん水は貴重品なので、少量の湯で丁寧に拭う程度のことしかできない。
驚いたのは、調理に使う熱源だ。
厨房には石板でできたカウンターのようなものがあり、そこにはいくつか魔法陣が描かれていた。
「待っててね。
すぐ、火入れするから」
そう言ってプリュオが魔法陣に手をかざし、何事か呪文のようなものを唱えると、見る間に紋様が赤く発光して熱を放ちはじめた。
「うわあ!すごい、すごい!!ほんとに魔法だわ!プリュオ、すごい!!」
わたしはつい興奮して、大騒ぎしてしまった。
この世界に来てから魔法の存在は耳にしたり感じたりしていたけれど、こんなふうに具体的な形で目にするのは初めてだ。
物語の魔法といえば、そのまま炎を出現させるような派手なものをイメージしてしまうが、これだって十分すごい。
赤く浮かび上がる魔法陣はかなりの高熱で、いわばIHのような感じだろうか。
「そ、そんな、大げさだよ!
ど、どょ、洞窟ドワーフなら誰でもできるし!」
プリュオが噛みながら照れつつ、おおいに謙遜している。
だいぶ彼女のキャラもつかめてきたぞ。
魔法について、彼女が教えてくれたことはこうだ。
この世界には、"魔素子"と呼ばれる素粒子のようなものが遍在しており、これに働きかけることで熱や電気、風などを発生させることができるという。
マギアに干渉する力がいわゆる魔力であり、特にエルフがその扱いに秀でているが、彼女のようなドワーフもその力を持っている。
そしてそれには、部族や個人ごとに得意不得意があるそうだ。
ドワーフは特に"熱魔法"に長じており、プリュオが潜水艇の司厨士に選ばれたのもその力のためだという。
「火とか雷とかもおこせるの?」
興味津々でたずねるわたしに、プリュオはかぶりを振った。
「"元素魔法"のことね。
伝説上ではかつてその使い手がいたというけど……。
自然現象そのものを再現するほどの力は、生き物には持てないとされているわ。
わたしたちにできるのは、マギアに働きかけて現象をちょっぴり加速させることだけ」
なるほど、そうなんだ。
それからプリュオは、さまざまな魔法の種類を教えてくれた。
船内の明かりは主に"電魔法"、気密性を保持しているのは"空圧魔法"、機関は蒸気タービンのように、熱魔法の応用がそれぞれ使われているとのことだ。
元いた世界と同様、魔導潜水艇も海中では基本的に有視界航行はできない。
そこで、ハイ・エルフが得意とする"音響魔法"を使い、音波の跳ね返りで海中地形などを把握しているという。
エスカリオネの席に設けられた水晶の半球は、まさしくその投影装置だったのだ。
音に対して鋭い感覚をもつのはエルフの特徴で、長い耳はその証なのだそうだ。
また以前リジュが教えてくれたとおり、どの種族とも話ができるのも強力な魔法の一種だそうだ。
多種族の連携が不可欠な潜水艇や港湾都市などに、意思疎通を可能とする術式がほどこされているのだという。
これは王都や帝都も同じで、魔法がかけられていないところではそれぞれの言語でないと通じない。
熱源に火をともす、という魔法力でわたしを驚かせてくれたプリュオだったけど、司厨士としては意外にも不器用なほうだった。
器を落としたり注文を忘れたり、思い出したと思いきや間違っていたり、なかなかスリリングな仕事ぶりだ。
お茶を運ぼうとして転びかけ、壁にぶつかった彼女を慌てて支えて代わりに配膳したりする。
「あたたた……。
いやあ、イオさんがいてくれて助かったよ……。
手際がいいのねえ」
プリュオがてへへ、と頭をかいてぺろっと舌を出す。
なるほど、ドジっ娘だったのね……。
わたしもけっして器用なほうではないので、ちょっぴり緊迫感が上乗せされた。
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