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第30話 最後の波を乗り切る「ペリメニ」と、氷解の「りんごタルト」
「………プリュオ……ギュールは……
食事………して、いるの…………?」
やっと聞き取れたのは、そんな質問だった。
エスカリオネは、プリュオの食事の心配をしているのだ。
けど、おかしい。
プリュオはエスカリオネに食事を届けるときいつも、
「医務室で食べるから」
と、わたしの前では決して食事をしないのだった。
彼女の言うとおり、本当にそうしているのだったら、エスカリオネがこんな心配をすることはないだろう。
「ええ、ちゃんと食べてるから。心配いりませんよ」
動揺を隠してわたしがそう言うと、エスカリオネは安心したように再び目を閉じた。
「あの、ドクトル。それぞれの種族で、飢餓に強い・弱い、という特性などはありますか?」
小声でのわたしの質問に対し、ドクトルは言下に首を横に振った。
「いや、体格に比例して食事の摂取量は異ニャるが、基本的な耐性はお前たち人間と大差ニャい。
頑丈そうに見えるドワーフたちは単に我慢強い、というだけだニャ。
せめて浮上航行でトローリング漁でもできるといいのだが、緩衝水脈の結界で食べられる魚はほとんどいニャいからな」
なんとか次の港まで、持ちこたえてもらわねば……。
そう言って顔を曇らせたドクトルに一礼し、わたしは医務室を後にした。
やはり、切迫した状況に変わりはない。
それに、プリュオは自身の食糧を削ったまま、皆のために立ち働いていたのだ。
ごめんね、プリュオさん。
わたしは気付かなかった自分に、心底腹が立つ。
ならば、わたしができること、すべきことはただ一つだ。
さっき総棚おろしをした船内の食糧をもう一度見渡し、腕まくりをして髪をくくった。
航行速度から割り出した最寄り港までの所要時間は、あと3日だそうだ。
分量を削って一日に2食として、あと6食分。
この材料があれば、食糧難を乗り切るあれが作れる。
塩漬けのお肉はそのままではしょっぱすぎるので、薄い塩水にさらして塩抜きをしておく。
脂の割合がほどよく、これからつくる料理にはぴったりだ。
たまねぎはふんだんにあるので、たっぷりと粗みじんに刻んで大きなボウルに盛っておいた。
そうして塩抜きしたお肉を包丁で粗挽きミンチにする。
薄く切って、細切りにして、みじんにして、両手に持った包丁でトントコ・トントコと叩いていく。
「イオさん、作業してくれてたの。ごめんなさい、わたしもします」
リズミカルな音に気がついたプリュオが、厨房に来てくれた。顔色は青白く、足取りも心もとない。
本当は少し横になっていてほしいけれど、それは彼女にかえって気遣いを強いるだろう。
これからする作業なら、座ったままできるし二人で取り掛かるのにうってつけだ。
「ありがとう!これから、わたしが故郷でよくつくった料理を試すわね。ちょっとめんどうかもだけど、二人ならきっと早いわ」
なるべく元気よくそう言って、できあがったミンチをたまねぎのボウルに加え、お塩とかコショウとか、目についたスパイスをはらはらと振り入れる。
ほとんどカンだけど、たいがいうまくいくという変な自信がある。
それらをよく練り合わせ、肉ダネにしておく。
そうしてもうひとつのボウルに小麦粉をあけ、
お塩とお水を加えて耳たぶくらいのやわらさにこね上げた。
つなぎのたまごも何もないけど、この際かたちにさえなればだいじょうぶだ。
「まあ……なあに?パンを焼くの?」
プリュオが珍しそうにこの料理の手際を見守っている。
ということは、少なくとも彼女のレパートリーにはないものといえるはず。
「いいえ。これをね、こうするの」
わたしはこねた小麦粉生地を、お団子大に丸めておいてまな板に押し付けた。
そして小さな厚手のおせんべいみたいになったそれを、めん棒でのばしていく。
片手でくるくると小麦粉生地を回しながら、めん棒はまな板の上を前後に回転させ、ローラーのようにして均等に生地を広げるのだ。
「すごいすごい!初めてみたわ!」
プリュオが思わず笑顔をみせ、わたしもすっかりうれしくなってしまう。
そう、これは手づくりの「ぎょうざの皮」。
これで洋風の水餃子をこしらえるのだ。
正確にはわたしの祖母が得意だったロシア料理、「ペリメニ」のつもりだ。
口当たりがよくてボリュームもあり、スープに浮かべれば腹持ちだっていい。
「プリュオさんは、これくらいの大きさに生地を丸めていってくれる?」
そう頼んで、次々に出来上がるお団子をわたしがのばしていくという役割分担ができた。
こういう作業は二人でやるととても早い。
ほどなく必要十分な枚数ができあがり、あとはやはり二人で肉ダネを包んでいく。
子どもの頃、祖母に教わって一緒にペリメニをつくったことを思い出してしまう。
これだけをいったん湯がいておいて、食べるときに熱いスープと合わせるのだ。
小麦粉はまだ残っているので、ついで「すいとん」、最後はスープに洗米を入れて雑炊にして食べきるつもりだ。
「プリュオさん。つくっておいてなんだけど、みんなのお口に合うか不安なの。できれば味見してアドバイスをくれないかな」
最初に出来上がったものを、わたしは小さなお椀によそってプリュオに差し出した。
ほとんど食事をとっていないはずの彼女に、何はともあれ力をつけてほしかった。
そっと椀を受け取り、プリュオがふうっと息を吹いてスプーンでスープをすくう。
もともとのスープがおいしい上に、ペリメニの肉ダネから出たエキスがさらなるコクを与えているはずだ。
目を細めたプリュオは、ついでペリメニをかじるように口に含んだ。
じゅわっと肉汁が溢れ出して、たまねぎの甘みとともにつるんとした皮の舌ざわりが、得もいわれぬ滋味となって口中にひろがる――。
そんな様子がありありと伝わる、「おいしい顔」をプリュオは見せてくれた。
「イオさん、わたし、きっと。きっと、一生この味を忘れないとおもう」
わたしたちのつくったペリメニは、クルーのみんなにとても喜ばれた。
特に食に保守的とされるドワーフの二人もしっかりと味わってくれ、マイスターのゴドルからは「いい仕事」とほめてもらった。
船長と副長は、陸に上がってもまた食べたいというくらいにこれを気に入ってくれたようだ。
そして特にうれしかったのは、これまでレンバスかりんごしか口にしようとしなかったエスカリオネが食べてくれたことだ。
「……おいしい………」
小さなその声が聞こえたとき、わたしとプリュオは思わず目を見合わせて破顔した。
ペリメニを食べきった後はすいとんから雑炊へとあっさりしていくけど、この食事で少しでも回復した体力と気力が、残りの航海を耐えさせてくれるはずだ。
みんなの賛同を得て、わたしはエスカリオネのためにあと一品だけメニューを用意した。
とはいっても、材料はレンバスのかけらとしなびかけたりんごだけ。
生地のかわりにレンバスを敷きつめ、お砂糖湯で煮たりんごをのせて焼いた、なんちゃってりんごタルトだ。
わたしは熱く淹れた紅茶を添えて、りんごタルトをエスカリオネのもとに運んだ。
「これを……焼いて、くれたの……」
粗末なお菓子だったけれど、目をみはったエスカリオネはやがてひとすじの涙を流した。
そして、振り絞るような声で、
「……怖かった……!ずっと……!……ごめんなさい……!」
そう言って嗚咽をもらした。
「エスカリオネさん。心の奥が揺さぶられる演奏でした。さあ、お茶が冷めないうちに」
胸がいっぱいになってお茶を注ごうとするわたしの手を、彼女はかぶりを振って握りしめた。
「……ありがとう。イオ、さん。……できれば、みんなにも……一口ずつでも、食べてもらって……」
少しはにかんでそう申し出て、しばらくためらうような素振りのあと、
「あと……私のことは……"エスカ"でいい」
はっきりとそう言い、初めて笑顔を向けてくれた。
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