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1日目は出会いの日
約束の日曜日がやってきた。僕は何となくソワソワしてしまう。何せ数年ぶりに女の子を家に招き入れるのだ。平然としている方がどうかしている。
窓を全開にして換気し、シンクに長らく溜まっていた食器類を洗う。やっぱり清潔感だよな、うん。夕方といえど開け放した窓から夏の熱風が入ってくる。が、清潔感には替えられない。
そんな事をしていると、
ピンポーン
チャイムが鳴った。時計を見ると、丁度約束の時間だ。
恐る恐る玄関のドアに近づく。覗き穴を覗くと、銀縁の眼鏡に白髪頭のおじさんが立っていた。白衣を着ている所が、研究者を彷彿させる。僕は鍵を回し、ドアを開ける。そこには先程のおじさんがいた。しかし僕の視線はおじさんの1歩後ろに立っている女性に奪われた。柔らかそうなセミロングの髪。淡いピンクの薄い唇。白いワンピースに薄いカーディガンを羽織った夏らしい装い。均整な顔立ちとバランスの取れた身体はまさに「理想の女性像」そのものであった。緊張しているのだろうか、無表情なのが気になる。
僕の視線に気付いた彼女は、表情は動かさずにぺこりと頭を下げる。僕はドギマギしながらそれに倣う。
「気に入って頂けましたでしょうか」
おじさんがにこやかに聞いた。
「ええ、そりゃあ…」
僕はチラリと彼女に視線をやる。照れているのか、彼女が俯く。はらりと落ちた髪の毛が夏の太陽に煌めく。
「立ち話も何ですし、どうぞ」
僕は2人を部屋に招き入れた。換気していた窓を閉め、エアコンを全力で回す。女の子に暑い思いをさせる訳にはいかない。電気代なぞこの際どうでも良い。
「───では、改めてお話をさせて頂きますね」
小さなテーブルを3人で囲んで座ると、おじさん──小林が口を開いた。
「今から1ヶ月間、あなたには彼女と暮らして貰います。期限が来たら、私が迎えに来ますのでご心配なく。生活にかかった一切の費用は弊社が負担します。報酬は彼女を引き取るさいにお渡しします」
「そして、最重要事項────」
小林が声を潜める。
「彼女な人間ではありません。ロボットです」
自動掃除機、自動運転技術、実に様々なロボットが我々の生活に入り込んで来た。そして遂に「家政婦ロボット」なるものが開発された。彼女はその試作品である。その実用化に向けた実験として、実際に人間との生活をさせるらしい。
「未だかつて無い、人間に密着したロボットです。人間との共同生活の実験結果を踏まえ、改良を加え、ゆくゆくは商品化を考えております。そこで選ばれたのが貴方!そう、貴方!」
ビシィと僕を指差す。そして手元の資料をパラパラやる。
「いやぁ大分探したんですよ。応募する時アンケートに答えて貰ったでしょ。一人暮らしの男性、家事が苦手、秘密保守能力、友好関係の薄さ……こんな条件にピッタリな男性を探すのは大変でした。少し身辺調査もさせて貰いましたが、信頼出来る人物だと判断させて頂きました」
そんな事をされていたのか。随分大掛かりなものだ。てっきり適性診断のようなものだと思い軽い気持ちで受けていたのだが…。それに調査されていたなんて全く気付かなかった。少しゾッとする。
「彼女とは自由に過ごして頂いて構いません。但し、彼女がロボットである事は絶対に周囲に悟られてはいけません。これだけはお約束下さい。もし、守らなかったら─────」
小林が言葉を切った。そして顔をずいっと近付けてくる。
「秘密が洩れては困りますからね。もしそうなったらこちらも然るべき対応を取らせていただきます」
僕はゴクリと唾を飲み、ゆっくりと頷いた。僕はもの凄い仕事を引き受けてしまったのではないか。
そう、僕はロボットを奥さんにするのだ。
「まぁ貴方なら大丈夫でしょう。君もいい子に過ごすんだよ」
小林が女の子ににっこりと笑顔を作り
、目を向ける。孫にほほ笑みかけるおじいちゃんのようだ。対照的に無表情で、彼女はコクリと頷く。それを見て満足げに頷き、小林が立ち上がる。そうそう、と持っていた鞄からクリアファイルを取り出し、中から一枚の紙を抜き取り、こちらへ滑らせる。革の名刺入れから名刺を一枚取り出し、電話番号を走り書き、そこに重ねる。
「緊急用の電話番号を書いておきました。何かありましたらここに」
「では────」
ゆっくりと立ち上がる。折れそうな脚でよろよろと玄関へ向かう。
「1ヶ月後、またお会いしましょう」
バタンと扉が閉じられた。
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