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好きなのは
「あたしのベースに何の用?」
あたしが腕組して問いかけると、男はゆっくり振り返って。
「ああ、あんたのか。」
立ち上がった。
…こいつ。
F'Sのドラマー、浅香京介ね。
腕はいいけど、あまりいい噂は聞かない。
でも、なぜかいつも女がまとわりついてる。
全く興味はないけど、好きか嫌いかで言うと嫌い。
「三弦の張りが弱いぜ。」
「あら、それはどうも。」
あたしの勝手でしょ。
ほっといて。
心の中で呟いて、あたしはベースを持ち上げると。
「知花、スタジオ入ろ。」
知花を呼ぶ。
…あたしが所属するバンド、SHE'S-HE'Sのボーカルの知花は、16になってすぐ、偽装結婚をした。
相手は当時『TOYS』のボーカルをしてた、神 千里。
それが、偽装だとか言いながらも…結局は好きで好きでたまらない様子になってて。
なんだ…二人とも愛し合っちゃってるんじゃん…って、生温かく見守ってる所に…SHE'S-HE'Sの渡米が決まって二人は破局。
想い合いながらもすれ違う二人にモヤモヤしてたけど、周りの協力も得て、お互いの気持ちを再確認。
ここ数ヶ月は、神さんの幼馴染の出現によって、不安定になってる事もあったけど。
何とかそれを乗り越えて…知花は、幸せの絶頂にいる。
再入籍も済ませて、知花は妊娠中。
さらには来週結婚式も挙げる。
知花が幸せなら、あたしも幸せ。
…知花が幸せなら、それでいい。
うん…。
あたしは…
気が付いたら知花を好きになってた。
親友として、とか…そんなのじゃなくて。
女として。
こんなのを、普通じゃないって言うんだろうな…なんて悲しんでたら。
なんと、幼馴染の光史も。
「俺、男しか好きになれない。」
って…中等部の時、打ち明けてくれたっけ。
あたしと光史は、お互い似てることもあって。
ずっと…お互いの気持ちを打ち明けあってた。
あたしはずっと知花一筋だけど。
光史は、陸ちゃんや神さん…身近だけど、手の届かない人ばかり。
でも、光史は、アメリカで知花と暮らして…
きっと、知花に少しばかり想いをよせたのだと思う。
想いは届かなかったけど。
「ね、聖子。」
ふいに、知花があたしの耳元でささやいた。
「?」
「今、好きな人…いる?」
「え?」
「ごめん、こんなこと聞いて…」
知花は、眉間にしわをよせて苦笑い。
「…ははあ、神さんね?」
神さんは最近、知花にいろんな詮索をさせる。
まるで、仲人きどりのおばさんのように。
良かれと思っての事だろうけど…思い切り、余計なお世話だ。
「いないわよ。」
「どんな人が好み?前言ってたように、背が高くて優しくて音楽関係じゃない人?」
仕方ない。
ここは、知花のためだ。
「そうねー…音楽関係は話が合わなきゃケンカになっちゃいそうだし…あ、顔が良くて金持ちがいいな。あと、バカは嫌いだから…頭が良くて世話好きな男かな。」
「……」
知花が何かもの言いたげに目を細める。
「何よ。あんただって、顔が良くて金持ちのいい男と結婚してるじゃない。」
あたしが知花の頬をグニグニと掴んで言うと。
「でも、聖子はあたしより理想高いよね?」
って、苦笑いをした。
「どうして。」
「千里みたいな人がいいって言う割に、結構けなしてるじゃない。」
「ー…そうかな。」
あたしの気持ちは打ち明けられない。
だから仕方ないけど…こうやって、誰かを紹介しようとされるのは…正直、辛い。
…それでも…
「何。神さん、どんないい男を紹介してくれんの?」
あたしが知花の髪の毛をクルクルッとして問いかけると。
「さあ…でも、千里って友達…東さん以外いないからなあ…」
知花が真顔でそんなこと言うから、思わず吹き出してしまった。
「あんた、自分の夫の評価低過ぎ。」
「だって…」
「確かにそうかもだけどさー…なんか、あんたが言うと笑える。」
「…う…そうよね…千里もあたしも、友達の少ない夫婦だよね…」
眉毛を下げる知花…もう、なんでこんなに可愛いの…。
あたしは、そんな知花の肩を抱き寄せて言う。
「いいじゃん。少なくても中身がとびきりだから。」
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