彼じゃなくてもいいの?

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彼じゃなくてもいいの?

「あ、(むら)さんだ。」  佐和(さわ)が弾んだ声で言った。  校門の前、(むら)さんと佐和(さわ)の彼氏がバイクに寄り掛かって立ってる。 「おかえり。」  ヘルメットを手渡されて、あたしは(むら)さんの後ろに座る。  (むら)さんの家は自営で、(むら)さんはお父さんと一緒に仕事をしてるらしい。  それで、残業すればいいからって、夕方あたしのために時間を空けてくれたりする。  優しいなあ。 「ちょっと寄るとこあんだけど、いいか?」  ふいに、(むら)さんが言った。 「うん。」  バイクが走り始めて、あたしは(むら)さんにしがみつく。  後ろからは、佐和(さわ)たち。  バイクは、表通りの一角で止まった。  …やだな。  まこちゃんのいる事務所の近くだ。  でも、まさか会ったりしないよね。 「来るか?」  (むら)さんがヘルメットぬぎながら指さした。  バイクのお店か… 「ううん、待ってる。」  あたしは、バイクに寄り掛かったまま、笑う。  乗せてもらうのは楽しいけど、バイク自体には興味ないし。 「じゃ、待ってな。」 「あたしも、ここにいるねー。」  佐和(さわ)が、あたしの横で言った。  ヘルメット持ったまま、立ってると。 「……」  まさか、と思ってたまこちゃんが… 「あ…」  あたしの手から、ヘルメットが落ちる。 「鈴亜(りあ)?」  佐和(さわ)が、首を傾げてヘルメットを拾う。  ど…どうしよう。  あたし、動けない。  いつから…  いつから見てたの?  これ…こんな状況…言い訳出来ないよ。  …言い訳…言い訳って、あたし… 「……」  まこちゃんは、じっ…とあたしを見てたけど。  突然、ふいっと知らん顔して歩き始めた。 「…嘘。」  それが、すごく頭にきて。 「鈴亜(りあ)、どこ行くの?」  あたしは、まこちゃんのあとを追った。 「まこちゃん。」  まこちゃんに追いついて声をかけると。 「……」  まこちゃんは、冷めた目で、あたしを見た。  …こんな目…初めて… 「何。」 「あ…あ、何って…どうして声掛けてくれないの?」 「……」 「すぐそこにいたなら、声掛けてくれてもいいのに…」  あたしの言葉に、まこちゃんは小さく笑って。 「…そうだな。」  って、一言。  つい…カッとなってしまった。  嫌みっぽい! 「あたし…あたし、別に悪いことなんかしてないからね。」 「誰がそんなこと聞いた?」 「まこちゃんの目が、そう言ってるわよ。」 「…これが、鈴亜(りあ)の言う、青春?」 「悪い?」 「……」  あたしの中には、色んな感情が渦巻いてた。  あたし、もうまこちゃんとは別れるって言おう。  だって、一緒にいてもつまんないって思ったし。  邑さんは…刺激的だし、優しいし…人気者だし。  …そう。  あたし、邑さんのこと…  …好き…?  あたし…好きなの…?  あたしが無言のまま立ち竦んでる間、まこちゃんも伏し目がちに何か考え込んでる風で。  だけどやがて… 「…もう、終わりにしよう。」  って…あたしの顔を見ずに言った。 「……え?」 「お互い、その方がいいだろ。じゃあ。」 「ち…ちょっと待って!」  あたしは、まこちゃんの腕をつかむ。 「終わりって…」 「…そういうことだよ。鈴亜(りあ)は、俺とじゃだめなんだろ?」 「だ、誰もそんなこと!」  今、分かれるって言おう…なんて考えてたクセに。  まこちゃんから告げられたその言葉は、簡単にあたしの頭の中を遠くから引き戻した。  あたしは…  あたしが好きなのは、まこちゃんだ。  ちゃんと誤解を解いて、言い訳もして、許してもらわなくちゃ… 「俺と結婚することは、青春を終わらせることなんだろ?」 「…あ…」  言い訳しようと思った自分を笑いたくなった。  あたしが本気で謝れば、まこちゃんは許してくれるって…  だけど…自分の言った言葉が。  こんなにまこちゃんを傷付けてたなんて… 「…友達が待ってるぞ。」  途方に暮れてるあたしの頭をクシャクシャっとして。  まこちゃんは、歩いて行ってしまった。 「鈴亜(りあ)…」  遠慮がちに声をかけてきた佐和(さわ)に支えてもらって、バイクに戻る。  でも…あたしには、もう(むら)さんが映ってなかった…。
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