神 千里の日常 12

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神 千里の日常 12

「とーしゃん、アキちゃんとかーしゃん、おにわにいゆよ~。」  広縁から聞こえる咲華の声に、複雑な気持ちになりながら中の間に寝転ぶ。  今朝…千秋から電話があった。  明日、日本を発つ。  だからその前に…知花と二人で話をしたい、と。  今日は俺も知花もオフで。  ばーさんはお弟子さん達と何かの芝居を観に行って、義母さんは健康診断?どこかのメンテナンスをして来るとか何とか言って出かけた。 「午後からの数分だけなら。」  そう言ったものの…その数分がすげー長かった。  華音と咲華を連れて公園に行って。  わけもなくダッシュをかました。  おかげで…俺も華音もクタクタだ。  …どういうわけか、咲華だけがピンピンしてやがる。 「え~?アキちゃんいゆの?」 「あしょこ。」  咲華の声を聞いて、俺の隣に寝転んでいた華音が起き上がった。  …二人がどんな顔して話してるかなんて…見たくねー。  完全に惚れてはなかった。って言ったクセに、何なんだよ…ちくしょー。  バカ正直に『二人で話したい』って言われたら…  断れねーだろーが。 「アキちゃーん!!」  ふいに、華音と咲華が大声で千秋を呼んだ。  …ふっ。  いいぞ。  邪魔してやれ。  そう思う俺と…  もし…もし、知花が困ってるなら。  …許せ、知花。  そう思う俺もいる。  ガキの頃から周りに期待しかされてなかった千秋。  出来て当然と思われてた千秋。  頭が良くて不器用な千秋。  俺の…自慢の、大事な兄貴。  その千秋が、少しでも…夢を見たいのなら。  …許せ…知花。  俺が、少しだけ目を瞑る事。  許してくれ。 「とーしゃん、アキちゃんとかーしゃん、おててちゅないでゆよ?」  わざわざ二人が中の間まで報告に来る。  …くそっ。  千秋め。  そう思う反面。  玄関までだ…しっかり夢見ろ。  …なんて、矛盾だらけだ。 「…母さんは、ゆっくり歩かなきゃいけねーからな。アキちゃんが助けてくれてるんだろ。」  目の上に腕を置いたまま、そうつぶやくと。 「かあしゃんあかちゃんいゆもんね~!!」 「ろんもたしゃけてくゆよ!!」  二人は大声でそう言って、駆け出しそうになった。 「待て待て待て待て。」  飛び起きて二人の腕を掴む。 「アキちゃんと母さんは、どこ歩いてた?」 「んっと…しゃんだんめぐやい…」 「…なら、もうすぐ帰って来るから。大部屋に行って、お茶でも入れて待っててやろーぜ。」 「おちゃ、あしょこあゆよ?」  華音が指差した方に目を向けると、まさに広縁に…湯呑が二つ。  それを見て、俺は数分だけのつもりだったのに…かなりの時間を千秋に与えてしまってた事に気付いた。 「……それなら、もういいな。」 「いいよ~。」  何の事か分からないはずなのに、そう答えた咲華に笑って立ち上がる。  そして、小さく溜息をついて…前髪をかきあげた。 「迎えに行くぞ。」 「いくよ~。」 「いくじょ~。」  華音と咲華を従えて、玄関を出る。  すると… 「ああ、おかえり。」  目の前に、千秋がいた。 「…おう。」  手は…繋いでない。  俺が手元に視線を向けたからか、知花が少し困った顔をした。 「知花。」  名前を呼びながら手を差し出すと、知花はハッと顔を上げて…千秋の顔を見てから、俺の手を取った。  千秋は、そんな知花の様子を…優しい目で見てる。 「…まだ庭を見たいな。良かったら一緒に池を見に行かないか?」  俺と知花が並んでるのを見たくないのか、千秋が華音と咲華にそう言ったが… 「…いけ、こあいよ…?」 「しょうよ…アキちゃん、いけいったら、たべあえゆよ…」  二人は俺の足元で泣きそうな顔になった。  もらった瞬間から超絶嫌われてた、カンナの言う『幸せの神様』は。  二人が好奇心から覗き込んでしまう池の岩に置いた。  その力たるや、相当な物で。  毎日遠巻きに池を眺める事はあっても、覗き込むほど近くには行かなくなった。  万が一、俺がそれを手にしようものなら… 「やだああああ~!!ぎだい~~!!」 「とーしゃん!!なんでもってゆの~~!!」  二人は大泣き(笑) 「ふっ…」  俺が思い出して笑うと、千秋が首を傾げた。  そんな千秋を見た知花は。 「実は…好奇心旺盛過ぎて、池を覗き込んじゃうんで…苦手な人形を置いてるんです…」  肩をすくめて言った。 「人形?」 「ああ。カンナにもらったやつ。ローマでは有名な神様の人形らしいけど、華音と咲華にとっては地獄の番人ってとこだな。」 「……」  そんなものには興味を持たないはずの千秋は、わざとらしく視線を池の方に向けた。  そして一歩足を踏み出す…フリをした。 「らめよ~!!」 「アキちゃ~ん!!」  二人に手を掴まれて、必死に止められた千秋は… 「…そっか。ダメか。」  ほんのり嬉しそうな顔で二人を見下ろした。 「…茶でも飲もうぜ。」  知花の肩に手を掛ける。 「あ…うん。」 「アキちゃん、おちゃしゅゆよ~。」 「おうちはいりましゅよ~。」  子供達の声を背中に受けながら、俺は知花と大部屋に向かった。  見下ろすと、知花も遠慮がちに俺を見上げてて。  目が合った瞬間、鼻で笑ってしまった。  そんな俺を見た知花は少しホッとしたようで…ゆっくりと髪の毛に唇を落とす。  …千秋の夢は、今日…ここで終わりだ。  もう、これ以上引っ張らせたくない。  だとしたら… 「千秋。」  振り返ると、千秋は玄関先に立ったままだった。 「…帰るよ。」 「あ?」 「このまま…じーさんちに帰って、明日の朝一番に発つ。」 「…そっか。」 「ああ。」 「…どこに?」 「さあ。空港で決めるかな。」 「何だそれ。」 「俺はいつもそんなもんさ。」 「……」  次は…いつ会える?  そう聞きたい気もしたが…飲み込んだ。  約束出来るほど、簡単な事じゃない。 「居場所が決まったら、連絡する。」 「…分かった。」 「……じゃ。」 「待ってる。」 「……」 「連絡、待ってるから。」 「……」  俺の言葉に、千秋は小さく笑って…手を軽く上げた。 「え…見送らないの?」 「いいさ。」 「でも…」 「しんみりしそうだから。」  知花が俺を見上げる。  俺はそんな知花をギュッと抱きしめて…言った。 「あのさ。」 「ん?」 「…おまえの誕生日ばっか派手だから、俺の誕生日も派手にしてくれ。」 千秋。 忘れろ。
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