桐生院知花の憂鬱 2

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桐生院知花の憂鬱 2

桐生院知花(きりゅういんちはな)さん?」 「…はい?」  事務所のロビーで声をかけられて振り返る。  するとそこには、見知らぬ男の人。  肩までの色素の薄い髪の毛。  丸い眼鏡が、なんとなくセンみたい。  でも…この顔、この声…  …もしかして。 「…千秋さん…ですか?」 「そう。はじめまして。」  千秋さん。  はじめてお目にかかる、神家の四男坊…千里のお兄さん。  ここで、神家五人兄弟を思い浮かべる。  長男、神 幸太(かみ こうた)さんは現在35歳。  奥さんの亜弓(あゆみ)さんと神家を継がれるべく貿易の仕事に携わってらっしゃる。  千里曰く、努力の人。  幸太さんがいれば、お父様の会社は安泰だ。とも。  次男、神 千幸(かみ ちゆき)さんは、34歳。  五人兄弟の中で一番社交的で人当たりのいい人。  高階(たかしな)宝石の一人娘、玲子(れいこ)さんと結婚、婿養子に行かれた。  あたし達の結婚指輪も、千里がそのお店で買ってくれた。  兄弟の中で一番みんなを気にしてるようで、よく連絡もくださる。  三男、神 幸介(かみ こうすけ)さん、28歳。  千里曰く…「インテリで情が薄い」だそうで…  デザイナーとしてフランスで活躍中。  一度、しかもちらっ…とだけお会いしたけど…  千里とは違う意味で…ナイフのようなイメージを持った。  そして、四男、神 千秋(かみ ちあき)さん26歳。  IQが高くて、千里に言わせると、それが元で少々ひねくれ気味。  …千里よりひねくれてたら、問題ありかも…なんて。  いつもフラッといなくなって音信不通になるものの、突然ニュースに名前が出たりして生存を確認するとか…  でも、千里にとっては刺激になる人みたい。  で…五男、神 千里(かみ ちさと)25歳…あたしの夫。  とても大切な人だけど…未だに、謎なところも多い。  不思議な、人… 「今いくつ?」  ふいに千秋さんに笑顔で問いかけられて…慌てる。 「あっ…に…21です。」 「わっけぇな。それで、もう子持ちなんて大変だろ。」 「そんなことないですけど…」  なんだか緊張しちゃう。  兄弟の中で、こんなに千里に似てる人なんて初めてだから… 「そんな緊張しなくていいよ。俺、案外普通だぜ?」  見抜かれたような気がして、肩をすくめる。  IQ200って、どう対処したらいいのかな…なんてちょっと思ってたから。  陸ちゃんもIQ高いけど、それは本当に頭脳に関してで。  話してると、あたしたちと同じようにふざけたり…笑ったり。  本当に普通の人だけど。  でも、千里のお兄さま。  ちょっと…「普通」とは繋がらない。 「…千秋?」  ふいに上から声が降って来て。 「おー、千里。元気かよ。」  千秋さんが、エスカレーターの上にいる千里に笑いかけた。 「何、いつ帰って来たんだよ。」  エスカレーターを降りてくる千里は、なんだか…いい顔。  それを見ると、ああ…やっぱり千里も兄弟に会うと嬉しいんだなあ…なんて、しみじみと思った。 「今朝。空港から直にここに来た。」 「どこ行ってたんだ?」 「インドの田舎の方、ウロウロしたり。」 「変わんないな。あ、これ嫁さん。」  千里が、思い出したようにあたしの頭をクシャクシャっとする。 「ああ。今話してたとこ。」 「そういえば、カンナも帰ってるんだぜ。」 「カンナが?久しぶりだな。」  話が、カンナさんの事になった途端…二人は同じような笑顔になった。  …そうよね。  二人とも、小さな頃から知ってる人だものね… 「千秋、しばらく日本にいんの?」 「ああ。適当にコンピューターでもいじって、金儲けでもすっかな。」 「相変わらずだな。どこに泊まるんだ?じーさんち?」 「あそこは行かねー。俺、規則正しい生活とか無理だわ。」 「あはは。今なら絶対篠田が張り切るぜ。」 「勘弁してくれ。」  二人の会話をほのぼのしながら聞いてると、事務所の外にカンナさんの姿が見えた。  …こんな事を思っちゃいけないのだけど…  何しに来てるのかな。 「あっ…千秋ちゃーんっ。」  千秋さんを見付けたカンナさんが、手を振りながら走ってやって来る。  それを見た千里と千秋さんは、指を差しながら小さく笑った。 「カンナ、久しぶり。」 「どうしたのー?うわあ…何だか全然変わってないね。」 「おまえは大人んなったな。」 「体だけだぜ。」 「んもうっ‼︎ちーちゃん!!見たような事言わないでよっ‼︎」 「自分で言ったんだろ?胸だけは6cm大きくなったっつって。」 「マジか。カンナ、胸は男のロマンだから、正しく保てよ。」 「何それ千秋ちゃん。頭良過ぎておかしくなっちゃったの?」  …三人の会話に入れない。  あたしが黙ったままでいると。 「あ、知花さん、いたんだ。」  カンナさんが、あたしを見下ろして、少しだけ笑いながら言った。 「…こんにちは…」  小声でそう言ったものの、それは誰の耳にも届かなかったようで…少しだけ下唇を噛んで俯いてしまった。  大した事じゃない。  そうなんだけど。  あたしは、少しだけムッとしてしまって。 「あたし、ミーティングがあるから…」  千里にそう言って、千秋さんに一礼すると、エスカレーターを駆け上がった。  …何よ。  千里のばか。  カンナさんが来ると、あたしなんて全然無視。  しかも… 「……」  あたしは自分の胸を見下ろす。 「胸は男のロマン…」  千秋さんの言葉を否定するどころか…千里、頷きながら聞いてたよね…  そっか。  千里も大きな胸が好きなんだ。  つい、深い溜息を吐いてしまう。  最近…情緒不安定なのかな…  感情の起伏が激しくて、なんだか落ち着かない… 「知花。」  エレベーターのボタンを押してると、陸ちゃんがエスカレーターから上がって来た。 「おはよ。」 「今、下にいた人、神さんの兄弟?」 「うん、すぐ上のお兄さん。」 「噂のIQ200?」 「そう。」 「神さんより、ひとクセありそうな人だな。」  陸ちゃんがニヤニヤしながらそう言うから、あたしも少し笑ってしまう。  ひとクセかあ。  あたし、緊張して喋れなかったからよく分からないけど、次に会う時には、千里の小さな頃の話でも聞いてみようかな。 「あ、陸ちゃん。」 「あ?」  ふと、あたしは思い出した事を陸ちゃんに問い掛ける。 「陸ちゃんがアメリカで買ったフラミンゴのキーホルダーって、手彫りでめったにないって言ってたよね?」  あたし達が渡米してた頃。  陸ちゃんはすごくアクティブにあちこち出掛けてて、その地で見付けた美味しい物や珍しい物を買って来ては、みんなとシェアしてくれてたのだけど。  その、噂のフラミンゴのキーホルダー。  あれだけは、どこに行っても見付からなかった。 「…どうだっけ?それが何。」 「(うらら)が同じの持ってるの。」 「……へぇ。」 「だから日本でも売ってるのかなと思って。」 「妹、どこで買ったって?」 「友達にもらったって言ってた。」 「…ふぅん…」 「色違いの欲しいなって思ってたの。」 「そーいや、聖子にもくれって何回も言われたな。」  陸ちゃんが前髪をかきあげながら苦笑いをする。  あたしはそんな陸ちゃんを見上げながら。 「…聖子?」  首を傾げた。 「…ああ。甥っ子にも織にも、くれって言われてたから。」 「そう言えば最近見ないけど、誰かにあげたの?」 「バイク乗って来なくなったからなー。」 「あ、そっか。」  別になんて事ない会話だけど、少しイライラが飛んだ。  陸ちゃんに感謝。 「……」 「何?」  あたしを見てニヤニヤする陸ちゃんに問いかけると。 「結婚して子供がいても、キーホルダー探してるなんて、可愛い事言うなと思って。」  陸ちゃんは、目を細めてあたしの頭をポンポンとしたのよ。
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