砂粒

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砂粒

     「砂粒」  母は片時も休まず腕を動かしています  浜辺の砂を口へと運んでいるのです  鼻も胸も削がれた黒い母は  地面に敷き詰められた    砕いた骨を食べ続けています    座りこんだ母の隣にはラジカセがあり    喋れない母の代わりに泣き続けています  黒い母の隣にあるラジカセは  秋の蝉のような声で啼き続けています  私が五月蠅いと怒れば  黒い母は喉笛まで溜まった骨を吐きながら  ヴォリュームを最大にまで上げました  季節を間違えた蝉が一斉に啼きだし  驚いた母は喉に砂を詰まらせながらも  手を止めません  骨が浮き出た皮だけの指に砂を絡ませ  吐きだしても吐きだしても  大粒の破片を唇へと運び続けています  無限に広がるこの砂粒は一体誰の骨なのでしょう  コンビニ袋を提げ、出来立てのお饅頭をほおばっていた母はもういません    骨を噛み砕く音に、私はあの星屑のような形をした糖の塊を連想し  そして、思いました    がりがりがりがり   小さな星屑を常に持ち歩いていたあの人のことを 「次のニュースです。ロシアで起きた航空機の墜落事故で日本人の旅行客三名が――」  小さなラジオから雑音と一緒にアナウンサーの声が聞こえます    母の尖った肩はあの日のように揺れていて  次のニュースです、次のニュースです、次のニュースです    わたしは、そっと小さな白の塊を口に含みました  甘い角砂糖の味が口内に広がり、嗚咽と一緒に黒い母を抱きしめました  黒い母は焦点の合わない目を私に向け、そして  微笑みました    「おかえり、おかあさん」
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