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第11話
(──それじゃあ、夕河くんの教育係、朝麻くんよろしく頼むな。)
(は、初めまして!夕河 久根です!
色々手間とかご迷惑おかけするとは思いますが何卒!よろしくお願いしましっ…!す!!)
桜吹く、新たな出会いを知らせる春の日だった。
夕河くんとの出会いは。
柿渋色の髪の毛と瞳は印象的で、凛と上がる眉尻とは反対に、やや吊り下がった瞼。
声はすごく大きいけど緊張で声を上擦らせ、身体がカチンコチンにして言う挨拶はお世辞にも上手いとは言えない。
でも、逆にそれは硬い空気の場を和ませるには充分だった。
(クスッ、こちらこそ、教える身として拙い所があるとは思うけど、よろしくね。夕河くん。)
(は、はい!)
今思えば、夕河くんとの出会いは運命だったんだと思う。
夕河くんと出会ってあんなにも慕ってくれる後輩なんて、今までにいなかったから。
そして、俺にとって夕河くんが大切な存在になるなんて、思ってもみなかったから。
(朝麻先輩!俺、朝麻先輩が先輩で本当に良かったです!!)
とても素直で面白い、その上優しくて頼もしい俺の、大事で可愛い後輩。
俺も夕河くんが後輩で本当に良かった。
───────
─────
────
カチッ、カチッ─
(─ヒューッ、ゆっ、かわくっ、ゲホッゴホッ!)
朝麻先輩。
(──かわ、くっ…ごめ、ね…─)
どうして謝るんですか?
どうして、 苦しくて仕方がないはずなのに、あんな安心させるような顔、するんですか?
そんなの求めてない。
謝罪も安心させるような顔も、いらない。
俺はただ教えて欲しかった。
心配かけさせて欲しかったんだ。
お願いです。
自分を、後回しにしないで。
自分をもっと、大切にしてくださいよ。
「葉那斗…先輩っ。」
──ガラララッ!
「夕河くん!朝麻の容態は。」
「か、ちょう。」
病室の戸が開けられたと同時に課長の焦りと心配を含んだ声が室内を響く。
走ってきたのか肩で息をし額に汗をかき、まさに心配と言う言葉がぴったりな表情を浮かべていた。
そんな課長を見て思わず涙が出そうになった。
ずっと…ずっと怖かったのだ。
目の前で朝麻先輩が突然苦しみ出して、とけ…吐血をして。
俺は、何もしてあげられなかった。
ただ突然目の前で起きた光景に酷く動揺して、真っ白になってしまった頭じゃ朝麻先輩の名前をただひたすらに呼ぶことしかできなかった。
不甲斐ない。
情けない。
何が、朝麻先輩の助けになりたいだ。
何も出来なかったくせに。
…意気地無し。
─ワシャワシャ
「夕河く……夕河、すまなかった。
夕河に、大変な役目を押し付けてしまって。」
「…え。」
自己嫌悪に陥る俺に、ふと頭を撫でられる感触がした。
前を見れば、申し訳ないと言わんばかりの顔をして、思いもしない言葉を投げ掛けられたのだ。
「本当に、すまんな。」
「ど、どうして課長が謝るん、ですか。
謝るんだったら俺、俺が謝らなきゃいけない、のに。」
そうだ。
俺は救急車を呼ぶこと以外何も出来なかったんだ。
そんな俺に、謝られることも労わられる資格なんてものもないのに。
「どうして夕河が謝るんだ。
お前がずっとそばにいて、こうやって倒れた朝麻を救急車を呼んでくれたじゃないか。
それだけでも充分やってくれたさ。」
「…っ、違っ、おれ…俺はそれ以外何も出来なかったんです!
突然目の前で朝麻先輩が苦しみ出して吐血したのに、俺は名前を呼ぶだけでただじっとすることしか出来なかった。
何が起きてるのか分からなくて、怖くて、信じたくなくて俺は、俺は!」
お願いだから、俺を労わらないで。
俺にそんな資格なんて無い。
惚れた相手をすぐに助けられたかった俺、なんかっ。
…クソッ、止まれよ涙!
泣く資格なんてねぇんだよ!
何も出来なかった、俺なんか!!
「夕河。」
ボスンッ
「……か、ちょ、う?」
荒れる心に呑まれる俺に、気づけば課長は俺の頭を掴み、課長の胸元に引き寄せられていた。
突然のこともあって驚き、荒れる思いは雲散してしまっていた。
「ふっ、落ち着いたか、夕河。」
「なんで俺、課長に抱きしめられてるんですか?」
「ん?あぁ、ほら俺、息子と娘がいるだろ?それで泣いてたり怒ってたりして取り乱してるときゃこうすりゃ、いつもこうして落ち着かせれてたからな。」
「なる、ほど。」
顔は課長の胸元に押し付けられてるからなんて表情をして言ってるのかは分からない。
でも、紡がれる声はとりわけ優しかった。
そういえば課長、結婚してて二児の父親だったな。
そう、ふと思い出すのと同時に、今までの朝麻先輩にしてきた落ち着かせ方に合点がいった。
「なぁ夕河。
お前にとってそれしか出来なかったとしても、結果として朝麻は今ここに居てちゃんと生きている。
それだけでも充分やれてるって俺は思うよ。
それに、こうして朝麻の傍にいて心配してくれている。
自分の不甲斐なさを凄く悔いるくらいに心配したんだろ?
それって、こう言っちゃなんだが凄くいいと俺は思う。
それほどまでに思われて、愛されてんだなってさ。
いつも孤立してた朝麻にとっちゃ嬉しいことだよ。
だから、そんな自分を責めるな。
そう思っちまうくらいならさ、次に生かしゃいい。
今、朝麻に出来ることをすりゃいいんだよ、夕河。」
「か、ちょ。」
ポロ、ポロッ
優しい口調、まるで子に言いかせるような声で俺に話す課長。
そんな課長の言葉に俺は、気付けばまた涙を流していた。
やっぱり、悔しかった。
救急車しか呼べず何も出来なかったことが。
もっと、何かやれたんじゃないかって。
俺にとって朝麻先輩は、かけがえのない人。
好きな人、だから。
「大丈夫、大丈夫だから。な?」
「は、いっ。」
もっと、もっと朝麻先輩の助けになりたい。
朝麻先輩の楽しそうな、笑ってる顔を見たい。
悲しい、辛そうな顔をさせたくないんだ。
俺が、そう、させたい。
だから、課長みたいなもっと頼られるような、強い男に俺は、なりたい。
今できることを、まずはしなきゃいけないだよな。
だったら、こんな所でずっと引きずってても何もならない。
朝麻先輩のためにやれることを、俺はしたい。
朝麻先輩、俺、あなたの事が好きです。
愛してるんです。
だから、はやく起きてください。
まだ、朝麻先輩に俺の気持ちを伝えれてないから。
それに俺、怒ってるんですからね。
無理をし続けたこと。
それに気付いてて何もしなかった俺に対しても。
俺はもう、朝麻先輩の"大丈夫"を信じません。
覚悟、して欲しいです。
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