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「ねぇ、ぼく。
俺ね、今幸せだよ。
大切な後輩に恵まれて、優しい上司もいて。
たった小さなものでも、それだけでも幸せは成り立つって、わかったんだ。」
けど、今は俺が、夕河くんを手離したくない。
そう思ってしまったんだ。
確かに、大事な後輩だとは思ってた。
たとえ夕河くんが離れて言ってしまってもそれは仕方ないことだと。
今は、夕河くんが離れていくことさえも嫌なんだ。
可能ならば、ずっと、許される限り夕河くんの先輩でいたい。
好きなんだ。
夕河くんの、屈託のないあの笑顔、暖かな優しさが。
それを俺はどうしようもなくもう、手離したくない、って。
「もし…もし許されるのなら、もう一度チャンスがあるのなら、もう一度、俺を信じてくれないか?
今度こそ俺はぼくを蔑ろにしない。
ずっと、ぼくと俺は一緒に歩んでくんだ。
ダメ、かな。」
俺自身何も気づかなかっただけで、"ぼく"自身はもう、限界を迎え始めていた。
ずっと"ぼく"をないがしろにし続けた俺のツケ、許されない罪だ。
だからこそ俺は、向き合わないといけないんだ。
それがたとえどんなに苦しくても辛くても、俺は。
"ぼく"の手を優しく握る。
バシッ!
『ッ、〜ッ!!バカ、"俺"のバカァアアッ!!なんっ、本当になんなんだよ!
そんな都合のいいことばっか言って!
自分が今恵まれてるから?
支えてくれる人がいるから?
ふざけるな!!
ちょっと心に余裕が出来たからって、また心に余裕がなくなったらぼくに押し付けるんだろ!
支えてくれるって言っても、結局最後まで信じることが出来てない"俺"が何言ってるんだよ!
ぼくは信じない。
信じないからなっ!!』
「…ぼく。」
『もう、もういやだっ。
そうやって振り回されるのは懲り懲りなんだよ。
ずっと、ぼくは1人で頑張ってきた。
"俺"が散々押し付けたものを、僕はずっと抱えて、苦しくても耐えてきたのに。
いま、さら…今更もう、信じられない!!』
ハラハラッ
"ぼく"の目から次々零れる涙。
強く握り震える拳。
本当に自分は、取り返しのつかないことをやってしまったんだと、改めて痛感させられた。
辛い嫌だ、耐えられないからと"ぼく"に押し付け続けたものは、それほどまでに"ぼく"を苦しめてきたんだ。
俺だけが辛いと思ってた。
こんな辛い思いをして壊れるくらいならと。
「"ぼく"。」
『今度はなん──ッ?!』
ギュッ
「本当にごめんなさい、"ぼく"。
でも、ありがとう。
どんなに苦しくて辛くても、それでも俺が向き合わなかったものたちを、ぼくはずっと、抱えてくれていたから。
俺が思うよりもずっとずっと辛かったと思うけど、ぼくがいなかったらきっと俺はとっくに死んでた。
課長にも夕河くんにも、木綿治さんにもだって出会うことが出来なかった。
沢山さんのことも知れなかったかもしれないから。
本当に、ありがとう。」
『は、なに、なにいっ、て。』
ピシッ
"ぼく"を抱きしめる。
やっぱり俺は大馬鹿者だ。
今までの自分がいるのは全部、"ぼく"のおかげなのに。
いつからそれが当たり前だなんて思ってたんだろう。
どうして俺は、"ぼく"を忘れてしまっていたんだろう。
"ぼく"の悲痛な叫びを、どんなに苦しくても肩代わりしてくれていたことを。
"ぼく"がいてくれたから、俺は色んな出会いを果たせていたのに。
「"ぼく"、俺約束するよ。
今度は絶対に、逃げ出さないって。
ぼくに俺が向き合わなかったものを押し付けることをしない。
ちゃんと、"俺"自身が向き合って受け止めていくから。
だから、本当に今までお疲れ様、ぼく。
ずっと、今の今まで耐えてくれて。」
バリンッ!!
暗い空間にヒビが入る。
そして、それはどんどん拡がっていき、完全に割れた先に見える景色。
地面にエメラルドのように綺麗に生える草たちに、雲が舞い、青々と広がる空だった。
『ッ!!ぼくはっ、俺が嫌い、だっ!
そんな都合のいい言葉!…なのに…っなのにどうしてっ。』
だからこそ俺は改めて決意した。
もう、絶対同じ過ちを犯さない、と。
泣きじゃくり力無く胸をポカポカと殴る"ぼく"に、胸が傷んだ。
全部全部、俺のせいでこうさせてしまったんだと認識させられて。
やっぱり、誰かに嫌われるのは辛い。
特に、己自身にさえ嫌われることは特に。
けれど
「俺のことは嫌いでいい。
信じられなくたっていい。
でも今はどうか、そんな俺を見てて欲しい。
絶対に変わってみせるから。
俺の決意を、証明してみせるからさ。」
『グスっ……その言葉、もし破ったらぼく、絶対に許さないから。
何度も何度も夢に出て俺を沢山罵倒してやるんだから。
絶対……っ絶対だから、ね。』
それは俺が背負うべき罪。
己自身にさえ嫌いと言われてしまったという事実を。
全て自分が招いたことだから。
腕の中にいる"ぼく"から聞こえる、鼻をすする音。流れた涙。
どれもこれも、全部。
ギュッ、と俺の服を掴み、けれど顔はそっぽ向けポツリと呟く"ぼく"に、俺は微笑む。
「うん、ありがとう、ぼく。
俺、これからはちゃんと、向き合っていくから。」
『あくまでも、仕方なく、なんだから。』
「うん、ちゃんと、分かってるよ。」
『「今回限りの、チャンス」』
「だよね。」
"ぼく"から与えられた恐らく最後のチャンス。
そのチャンスを俺は無駄にはしない。
同じ事の繰り返しをしてたまるか。
これは"ぼく"と俺の約束。
俺が"俺"でいられるため。
"ぼく"がこれ以上苦しまないため。
これからも俺は"ぼく"と一緒に居続ける。
だって、"ぼく"がいてこその"俺"だから。
だから"ぼく"、改めてよろしく頼むよ。
『……フンッ、ぼくはもう寝るから。
でも、ちゃんと見てるから。
そこんとこ、忘れないでよね。』
「うん、ちゃんと肝に命じるよ。
それに"ぼく"、俺は"ぼく"のこと大好きだよ。」
きっと、本来は"ぼく"みたいな喋り方が、本当の俺、なのかな。
いつもずっと周りの機嫌を伺って、下手なことを言わないようにしていたから、自分が普段喋っていたかなんて忘れてしまったから。
思い出させてくれてありがとう。
怒ってくれてありがとう。
ずっと支えてくて、捨てないでくれてありがとう。
どんなに冷たくされても、俺はそんな"ぼく"が大好きだ。
『!…それじゃ。』
「……おやすみ、ぼく。」
最後に頬を少し赤く染め、そのまま俺の中へと眠りについた"ぼく"。
そして、暗いはずだった空間は空が広がり、草原が生える空間へと様変わりしていた。
まるで、ずっと篭り塞ぎ込んでいた気持ちが晴れたかのようだった。
晴天のように、それは。
「舞い上がれ、俺。」
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