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カチッ、カチッ、カチッ、カチッ━━
静かな部屋に、時計の秒針が進む音が響く。
その音が、俺の沈んだ気持ちをやけに強くする。
「もう11時半、か。
今日はいつもより、遅いな。」
遅くても木綿治さんは10時には帰ってきてた。
けど、今日はやけに遅かった。
それとも、なにか事故に巻き込まれたのか。
そう思ったけど、木綿治さんに限って事故はないと思ってこの考えは辞めた。
じゃあ、なんなのだろうか。
仕事が長引いているのだろうか。
本当に遅くなる時は、木綿治さんは遅くなるとメールをくれた。
けど、ここの所それはなかった。
だから余計に、木綿治さんが今どうしてるのか分からなくて、不安になった。
「はやく、帰ってきてくれないかな。」
作った夜ご飯はとっくにもう冷めきっていた。
今日は、木綿治さんの好きな料理、作ったんだけどなぁ…。
(やっぱり葉那斗の作るご飯は上手いなぁ。)
━━━
━━
ガチャ
「あ、木綿治さん帰ってきた。」
時計が12時を回って数分後、玄関の開く音がした。
木綿治さんが帰ってきたんだ。
はやく木綿治さんの元に行きたくて、足早に玄関へと俺は向かった。
「木綿治さんおかえりなさい。」
「!…まだ起きてたのか、お前。」
玄関へと向かうと、今日も凄く疲れたような木綿治さんがいた。
おかえりと言うと、まさかまだ俺が起きてたのかと思っていなかったのか
驚いていた。
「あ、うん。
このところ、遅くなっても連絡が何も無くて。
それが気になって、心配になって、木綿治さんをずっと待ってたんです。」
「…はぁ、お前暇なんだな。」
「っ!?…ひ、ま?」
頭をガツンと殴られたような衝撃を受けた。
暇?
俺が、暇?
違う。
俺はただ、木綿治さんと一緒にいたくて、作ったご飯を食べてもらいたいだけなんだ。
俺は、木綿治さんの役に立ちたいから。
それなのに、なんで木綿治さんはそんなこと、言うの?
木綿治さんの言葉に、俺は固まった。
「あぁそうだよ。
いいよな、お前は。
こうやって時間を無駄にして過ごして。
うんざりなんだよ、お前には。」
「………。」
ビシィッ。
いや、やめてよ。
木綿治さん、俺を…そんな憎らしげに見ないでよ…っ!
俺、木綿治さんにそんな目で見られたくない。
嫌だ!
「…チッ、あーうざい。
もうさっさと風呂はいって寝るわ。」
「ま、待って、ご飯、は?」
「あぁ?いらねーよ、お前の作ったご飯なんか。
だるいからもう行くからな。」
トトットトト━…ガチャ
ドサッ!
俺は、膝から崩れ落ちた。
あれは本当に木綿治さん?
知らない。
あんな酷いこと言う木綿治さんなんて、知らない。
でも、あれはやっぱり木綿治さんなんだ。
じゃあ、なんであんなにも変わってしまったんだ。
……俺の、せい?
俺が気付かず木綿治さんを苦しめてた?
俺の愛が、木綿治さんにとって重かった?
俺、が…っ。
(いらねーよ、お前が作ったご飯なんか。)
ッ!!
ポタポタッ
「ぅ…グス、ゆ…じさ…っ━━。」
涙が出てきた。
大の大人が泣くなんて情けないのに。
でも、木綿治さんが俺対して放った言葉がとても痛かった。
いつもは俺の作るご飯を美味しいって言ってくれたんだ。
いつもは、たまに木綿治さんが帰りが遅くなっても、それでも俺が起きてて
待ってたら嬉しそうにしてたんだ。
木綿治さんは、いつだって俺に優しかったんだ。
けど今はもう、あの優しかった木綿治さんはもういない。
いない、んだ。
バリィ…。
時々心の中で鳴る、このひび割れる音はなんなのだろうか。
今日の木綿治さんが食べなかったご飯を、俺は初めて捨てた。
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