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執務室の応接イスにかけると、クロードがすぐにコーヒーを入れてくれた。
ありがたかった。
最近こそ色々あってエリクに合わせようと起きていたが、普段はコレットと一緒に早めに就寝するため、この時間は眠くて仕方なかったのだ。
「ありがとう……」
アデールは湯気の沸くカップを手に取り、そっとコーヒーに口をつける。
それを確認したクロードは、静かに声をかける。
「こんな時間にここへ来た理由を聞かせてくれ。いい話ではないだろうということは分かるが」
「……言わなきゃダメ? お察しの通り、あまり愉快な話じゃないの」
「……ダメだ。君はすぐに言いたいことを飲み込んでしまう癖があるから。全部吐き出したほうがすっきりできるぞ。こんな時間じゃエミリアのところへは行けないんだから、代わりに俺に話してみたらどうだ?」
そういえば、クロードは昔からこうだった。
アデールがエリクにまだ片思いをしていた時、ドラゴン討伐の過酷さに一人震えていた時、クロードはいつも誰よりも早くアデールの様子に敏感に気付き、彼女をそっと気遣った。
普段が無骨に見えるクロードのこういった優しさは、エリクの見せる真っすぐなそれとは正反対だった。
そんな性格の違いからか、それとも年齢が一緒だったせいか、エリクとクロードはあまり仲が良くなさそうだった。
「クロード……あなたもきっと知ってるんでしょ? エリクが掃除係に手を出していたこと」
執務机に優雅に座るクロードを横目でチラリと見るが、彼の表情は全く変わらなかった。
「……手を出していたかどうかは知らないが、そんな根も葉もない噂は聞いたことがある」
「根も葉もない噂じゃなかった。エリク自身が今夜認めたわ」
「……君はそれでどうするんだ?」
「分からないわ。分からないけど、エリクと一緒にはいたくなくてここへ来たの。先の事なんて何も考えられないけど……エリクを許せない」
カップの中の小さな黒い海を見つめながら、アデールは唇をかむ。
「エリクのこと愛していたから彼についてきたけど……もしかしたら私、周りの目に縛られすぎていたかもしれない」
クロードは何も言わない。話を続けろ、という意味だ。
「私たちは国を救った英雄扱いされて、あんなに国の人から盛大に祝福されてしまったから、それに恥じない行いをしなければいけないって、多分無意識にずっと思ってた。だから今まで色んなことを飲み込んできたし、大抵のことは我慢してきたの。でも、そんな必要なかったのかしらね……」
眠気も相まって、アデールは目を閉じた。
思い悩むのにも、あれこれ考えるのにも疲れてしまった。
すると、背後から大きく硬い腕がアデールの肩をふわっと軽く包んだ。
「俺ならそんな思いは絶対にさせない」
耳元で囁かれて、アデールの肩は跳ね上がる。
「確かに、君は周りの人間を気にしすぎだ。そんなことは考えなくていい。君の人生は君だけのものなんだから。……だから、君さえよければ、俺を選ぶことだって出来る」
久しく感じたことのなかった甘い感覚に、思わずアデールはクロードの腕を掴んで身をよじる。
「クロード……やめて」
これは罪だ。エリクと同類になってしまう。
「すまない。こんな時に言うことではなかったな。しかし、俺は本気だから、それだけは忘れないでくれ」
クロードはそっと離れると、自身の執務室をアデールの仮眠に譲り、頭を冷やすと言い残し部屋を出ていった。
アデールはクロードに触れられ、じんじんと疼く肩に手をやりながら、少し速くなった胸の鼓動を落ち着かせる。
夜明けまでまだ時間がある。
アデールは考えがまとまらぬまま、襲いかかる睡魔に勝てず瞳を閉じた。
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