始まりの風

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始まりの風

 Code歴、二年六月。  あの竜襲撃事件から一年と半年が過ぎた頃、人々が住む【安全地帯】は落ちつきを取り戻していた。それは安全地帯と危険地帯の間にある、天にも昇るが張り巡らされているためである。この網のおかげで溢れた竜は安全地帯には入ってこられない。  この網は安全地帯のちょうど真ん中に位置するSafe01区から安全地帯一帯に円柱状に張り巡らされている。これはバリア系のコードを持つコーダーが、その力を使っているからだと言われている。  網の端に位置するここSafe15区は、安全地帯の入口・危険地帯の出口と言われている所であった。Safe15区はビルはあっても五階建てまでしかなく、ずいぶんとの見晴らしが良かった。そう、ここは網が良く見えるのだ。東側の空に目を向けるとキラキラ光る網の片鱗が虹のように見えてとても綺麗だった。  その網を背にした西南のビルの一つにコード申請所の窓口があった。申請所では、主にコードの使用申請とコーダーの応援要請を申請することができる。コードの使用申請が通るとコーダーとして登録され、コーダーとしての仕事を得るのである。  本日も一人の少年がコーダーになるべく、申請所に訪れていた。  「青空誓(あおぞらちかい)。十五歳。身長、百六十二センチ。左手に風のコードを所持。コードの使用理由、コーダーになりたいから。過去の実績(申請等いらなかった時期)、なしですか……却下します」  そう言って、提出したコード使用申請書に【不可】の判子付きで突き返される。それを受け取った少年は再度、申請書を記入した紙を提出した。どうやら申請が通るまで少年は諦めるつもりはなさそうだ。一歩も譲る気のない少年に受付スタッフは溜息をついた。  申請所の中には、先ほど申請を却下された少年の誓以外に客は誰もいない。受付スタッフはニッコリ笑って理由を告げる。少しだけ圧のある笑顔だった。 「申し訳ございません。申請に出されましたコードですが、同様のコードが既に登録されております。コードはDNAと同じで同じコードというものは一つとしてございません。これは、同じ人間が一人として居ないのと同じ原理でございます。お客様が、どうやってそちらのコードを入手されたか存じませんが、既に登録されているということは、そちらのコードは偽物ということになります。コードの反応はありますので、別のコードを偽っているということです。詐称されたコードを通すことはできません。加えて、過去の実績もないということでしたので【不可】とさせていただきました。そのため、何度申請書を提出されても通ることはありません。ご理解いただけたでしょうか?」 「これは本当にオレのコードなんです。その同じコードの人って、陽介って名前の人じゃないですか? オレ、その人からコードを託されたんです。だからオレのコードは本物です。ちゃんと調べてください。彼との約束なんです……」  誓は拳を握りコードが刻まれている左腕をスタッフに見えるように前につきだした。左手の甲から左肩にかけて、黒く蔦のようなコードが刻まれている。これは誓の命の恩人、風見陽介(かざみようすけ)から託されたコードだった。  あの竜襲撃事件の後、危険地帯に一人取り残された誓は、陽介が居なければ死んでいた。陽介と陽介から託されたこの風のコードで誓は救われた。だからこのコードで、誓は人を、街を、世界を、自分を救ってくれた陽介のように守りたいと考えていた。そして、それは陽介との約束でもあった。その第一歩となるのが、この申請所でコード使用登録しコーダーとして認められることだった。 「お客様。お気持ちはわかりますが、残念ながら今のお客様の現状で申請を通すことはできません。ご理解いただけますようお願いいたします。では、失礼いたします」  淡々と告げられた受付スタッフの言葉に絶望しながら、申請所を後にした。  誓は申請所のビルを出てすぐ近くの階段に腰をおろした。ポケットから無意識にコインを取り出し手の中で回し始める。悩んだり考え事をするとき、誓はコインを弄る癖があった。もとは陽介の癖だったと、苦笑しながらコインを投げる。裏、表、裏、表……投げている間に陽介の笑顔が思い出されてくる。 「陽介さん……」  そう呟き、【不可】の印がついた書類をただただみていた。  そこに慌ただしく数人が西の方に走っていった。それと同時に危険地帯側の門ー東門ーの方がザワザワし始める。誓は、ただ事じゃない雰囲気を感じて空をみあげた。 「が消えている……」  竜から守ってくれていた網が、消えていた。そして東門の空が赤く燃えている。その事実を確認すると、誓はすぐに東門へ走り出した。おそらく、東門の方で竜が出現したと当たりをつける。しかし、そういう時のために見回りのコーダーが居るはずだ。だからそう焦る必要はない。そう分かっていても心が急いてしまう。  もしも見回りのコーダーが間に合わなかったら? また、あの時のように街が失くなってしまう。  誓はそう思うと、コードを使う体制に入った。彼の頭の中にはコードの使用資格がないことなど欠片もなかった。  右手を左手の甲にあるコードに近づける。 「コンパイル!」 そう言って、左手の甲から左肩へコード(蔦)をなぞる。すると、コード(蔦)が緑色に光り始めた。その光が全身を包み、コンパイルが問題なく成功したことを告げる。 「スタート!」 そう叫ぶと同時に誓の周りに緑の光と風が集まってくる。 誓は風を自身にまとい地面を蹴り空を飛んだ。 「見えた!」  東門が破壊され、そこに申請所のビルと同等の大きさの竜が居た。竜は叫びながら、家や道を壊していく。誓は、近くの家の屋上に足をついて、屋根伝いに走っていった。その間に網は復活したみたいだったが、竜は残念ながら網のこちら側に入っていた。  東門に近づくと、既に誰かが居ることに気がつく。その誰かは刀を手に戦っていた。刀には炎がまとわりついており、彼も赤く光っている。それを見ただけで、彼が炎のコーダーで、現在コードが発動しているということが分かった。おそらく見回りのコーダーだ。誓はどうしようか一瞬だけ迷い、彼のサポートに入ることに決めた。  竜の注意を引こうと竜に向かっていく。そこで、竜のすぐ後ろに逃げ遅れたのか、少女が座り込んで泣いているのが見えた。  だから、手が出せないのか。  誓いはそう理解して少女の元に突進していく。竜が誓に気が付き、誓に向かって火炎を吐こうと口を開ける。誓はそこに風の塊を二・三投げ、竜の足元に走り込んだ。  竜は火炎の球を吐きだす前に喉で爆発し、頭部が燃えていた。竜の悲鳴が街に響く。しかし、そのせいで竜が少し後ろに下がってしまい、少女の居る場所の建物に竜の尻尾がぶち当った。建物はプリンのように簡単にえぐれ、瓦礫が少女の頭上に落ちる。間一髪、彼女の所にたどり着いた誓は、少女を抱きかかえ風の力を借りて、高速で移動した。竜から離れた場所に少女を下して「もう大丈夫」とささやく。しかし少女は動けないのか、立ち去ろうとはしなかった。かわりに誓の足にガッシリしがみついている。  それを見ていた炎のコーダーは、刀の炎を増幅させた。 「すごい」  誓は思わず唾を飲み込んだ。増幅した炎は、竜よりも大きく、一キロメートルは離れている誓の肌を焦がした。炎のコーダーが刀を振り下ろした。炎の刃が竜に飛んでいき、一瞬で竜を切り刻み全身を炎に包む。先ほどより、より大きな声をあげ竜は倒れた。  それを見た誓はコードを解いた。誓が気を緩めたことを感じ取った少女も、掴んでいた誓の足からそっと手を離した。  炎のコーダーはそのまま刀を腰の鞘におさめ、倒れた竜ではなく、誓の方に歩いてきた。鮮やかな赤い髪をしてスーツをキッチリと着ている。しかし、少し長めの前髪から除く目つきは鋭く、眉間に叩きこまれたしわもひどい。それは誓の背筋を凍らせた。また、腰にぶら下げている刀がキッチリ着たスーツとすごくミスマッチにみえる。  ふと気付くと、炎のコーダーはまだコードを使用した状態だった。まだ他に敵が居るのかと誓は辺りを見まわしたが、特にそれらしいモノはいなかった。誓は自身に落ちた影に顔を向ける。 「そのコード、どうした」 そう言って、誓の左腕を引っ張り上げる。 「痛っ」 誓の漏れてしまった悲鳴など気にもしない様子で、炎のコーダーは話を続ける。 「お前は何者だ?」 誓は持ち上げられた腕を振り払い、炎のコーダーと少し距離をとった。 「オレは、青空誓。風見陽介さんの意志を継ぎ、コードを受け継いだ者だ!」  そう叫び終わったところで、誓の頬に熱い衝撃が走った。殴られたのだと意識した時には、もう片方の頬が地面に付いたところだった。 「二度とその面見せるな」 そう言い残して、彼は去っていった。そして、それを一部始終見ていただろう少女の泣き声が街に響き始めた。  何故、殴られたのか。理解できずに意識が沈み始める。炎のコーダーは、風見陽介の名前を出した時に、とても辛そうな瞳をしていたような気がした。  ぐるぐると思考を巡らせていた誓だったが、そこで意識が途切れた。
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