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目覚めの風①
苦しくて閉じていた目を開ける。誓は先ほど夢見た映像に心が乱されていた。心臓がバクバクと音を刻む。
始めは焦点が合わずに彷徨っていた視線も、誓を心配そうにのぞきこんでいる顔をなんとか認識する。認識した顔は、陽介と同じ緑色の瞳で一瞬だけ陽介とかぶって見えた。しかし、徐々に誓とそう変わらない年頃の少年で、顔も髪型も全く別の少年だと理解する。
ベッドの上でゆっくりと上半身を起こした時に走った頬の痛みが現実へと引き戻してくれた。誓は無意識に頬に手を当て、ここまでの記憶を思い出す。
頬にはキチンと手当てがされているのか、少しだけ薬品臭かった。
「この手当ては君たちが? ありがとう」
緑色の瞳の少年は安堵のため息をつき、もう一人のガタイの良い青年は歯を見せて笑った。
「ああ、良かった。うなされていたから心配していたんです。この筋肉バカが先ほど、おぶっていたあなたを落としてしまったからかと……」
この筋肉バカ、という所で少年は後ろを振り向いて、椅子に座っているガタイの良い男を見る。
「だから、わりーって言ったじゃねえか。それをネチネチと小姑かよ」
緑の瞳の少年は多少、苛立った顔をし「ふん!」という掛け声とともに足を振り下ろした。もちろん、筋肉バカの足の上にである。
「いってー!」
「自業自得です」
「お前さあ。すぐ手が出る癖、直した方が良いぜ」
「はて? 今回、足は出しましたけど手は出していませんよ」
「……屁理屈じじい」
「何か言いましたか?」
「イイエ。何も言ってませんよー。屁理屈じいさん」
緑色の瞳の少年は、それはもう黒い笑顔で、もう一度筋肉バカの足の上に足を振り降ろす。
「おっと。同じ手にそう何度も引っ掛からねーよ、バーカ」
そう言って、筋肉バカと呼ばれた青年は椅子から離れて両手を上げた。緑色の瞳の少年は、ふつふつ込み上げる怒りを拳にこめ、得意げに笑っている筋肉バカの腹筋にそれをぶち込んだ。
「いってええええ! 何すんだよ」
「自業自得です」
永遠に続いてしまいそうな喧嘩に、誓は途中で止めに入る。
「あの! それで、ここは何処で、君たちは誰かな?」
喧嘩していた二人も誓の存在を思い出したのか、話を戻し始める。
「あ、すみません。すっかり忘れていました。お見苦しい所をみせてしまいましたね。妹を助けてくれてありがとうございます。あ、僕はルカと言います。そして、この筋肉バカは……」
「……カイだ。よろしくな」
痛さに多少涙目になっていたカイは、そう言うと笑顔を向ける。
「オレは青空誓。よろしく。……それで、えっと妹って?」
「さっきの竜との戦いで、逃げ遅れたガキがいただろう? あれが、こいつの妹。で、俺はこいつの一応はお世話係? みたいなもんかな」
油断していたのか、再びカイの足の上にルカの足が容赦なく踏みつける。
「いってえええ!」
「カイとは幼馴染み、というか腐れ縁ですかね。誓君が助けてくれた彼女は、イリカと言います。イリカに君を助けてほしいと頼まれて、倒れている君を僕たちの家まで運びました。状況は把握していただけたでしょうか?」
誓は頷いた。
「その……彼女、イリカは大丈夫だった? オレ途中からその、記憶なくって……」
最後まで助けた少女を見送る事が出来なかったことに、誓は情けなさで手をキツく握りしめる。
「はい。お陰様で怪我一つないですよ。今日はいろいろあったので、別の部屋で休ませて居ます」
その言葉を聞いて、握っていた手を緩めた。
良かった。
そう思った誓の小さく漏れた言葉にルカは、目を細める。
「……優しいんですね」
ルカのその言葉に、誓は少し照れて話題をそらした。
「それにしても、ここ広いね」
そう言って、辺りを見回す。誓が居るベッドの他にもう二つベッドがあり、それぞれのベッドの隣には何やら大きな機械とモニターがあった。
「ああ、ここはもともと研究所でしたからね」
「……研究所」
「はい。コードを作った【ファントム】という会社のコードを研究、実験、製作する研究所でした」
「でした?」
復活したカイが再び椅子を跨いで座り、背もたれに腕を乗せて話を続ける。
「そ。でした。俺らの親たちはここの研究員で俺たちもここで何不自由なく暮らしてたんだけどよ。ある日、親たちが全員失踪したんだ」
誓は失踪という言葉に息をのむ。
「馬鹿、カイ。失踪じゃなくて、帰ってきていないだけ。まあ、詳細を話すと竜襲撃事件の少し前に会社の別の研究所からのSOSの呼び出しがあったんだ。それで全員、助けに出ていってから帰ってきていない。会社に聞いても別の研究所は危険地帯にあるため、現在、帰ってこられない。しかし、研究所にはコーダーも居るし、万全の体制で居るから心配ない。だそうだ」
「それは辛いね。でも、どうしてオレにそれを?」
ルカとカイは、にっと笑って誓の前に一枚の紙をだした。それは今日、誓が貰った【不可】の印がついたコード申請書だった。誓はそれを見て慌てて書類を取り戻した。真っ赤な顔で誓は笑顔のルカを睨み付ける。
「すみません。この筋肉馬鹿カイが誓君を落とした時にポケットから落ちたのを悪いと思いましたが、拝見させて頂きました」
「おい、何気に俺をデスるのやめてくんねえ?」
「誓君、僕たちと取引をしませんか?」
「おーい、無視ですか? って、いたあ!」
再び足に激痛が走ったのかカイは悲鳴をあげて椅子の背もたれに突っ伏した。その間、ルカの笑顔はピクリとも崩れない。
「僕たちの望みを叶えてくれれば、誓君の望みも叶えられます」
「望み……」
「そう。僕たちは明日からコード使い、コーダーを育成する専門学校に潜入します。その学校はファントムが開校した学校です。ここで成績を修められたら危険地帯へコーダーとして赴くことが出来ます。僕たちは表向きそれを目標として専門学校に入ります」
「表向き……」
「はい、表向き。実際は情報収集のための入学です。僕たちのファントムへの信頼はないに等しい。正直、イリカや他の子供たちには言いたくないですが、親たちが生きている可能性は限りなく低いでしょう。しかし、会社はそれを秘匿している。秘匿している理由は僕たちのためかもしれないけど、少なくとも僕とカイは真実が知りたい。あの竜襲撃事件の前に何があったのか」
回復したカイが足をフーフーしながら、後を続ける。
「専門学校では三人一組で行動することが多いらしい。で、俺らの事情を知っていて俺らに協力的な三人目が必要なわけ」
「ええっと」
「誓君にもいい話だと思う。僕たちと一緒に専門学校に入れば、時間は少しかかってしまうかもしれないけど、コーダーに絶対なれる。だから、協力して欲しい」
誓はルカとカイの本気の瞳をみ、自身の左腕を二人の前に掲げた。
「オレは、風のコードを持っていたファーストコーダーの風見陽介さんからコードを受け継いだ。ここにあるのは陽介さんが育てた風のコードそのものだ。でもオレはその半分の力も出せていない。このコードを当てにしているならオレは……役には、立たない。それにオレはコーダーになるのが目標だけど、本当は……陽介さんを殺したヤツを見つけ出して」
そこまで言ったところで、陽介の悲しそうな顔が一瞬浮かび、復讐という言葉を飲み込んだ。
「……理由を聞きたい。オレはそのために来た。それでも構わないなら、オレを三人目にして欲しい」
カイは、驚いて固まっているルカに肩を回し誓に笑顔で言う。
「じゃあ、交渉成立だな! これから、よろしく頼むわ」
カイは誓へと手を伸ばし、握手をした。
「じゃあ、俺、食事の用意してくるわ。誓、腹減っただろう」
ちょうど、誓のお腹が鳴り返事する。赤面する誓の頭を撫でて、カイは出口の方に歩いていく。
「ハハハ。美味しい飯を作ってやるよ。ちょっと、待ってな。じゃあな、ルカ。三十分後な」
カイはそう言って、ドアから出ていった。
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