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明かされなかった理由
瑞希のご家族と挨拶して、僕は院内のラウンジに来ていた。なんでも医者が死亡診断書を書くとか、そんなことを言っていたような気がする。
本当に、死んでしまったんだろうか?
なんとなく、現実味が湧かない。
『裕司って、ほんとに変態だよね~』
瑞希は、事あるごとに僕にそう笑っていた。別に嫌なニュアンスを込めた言い方ではなかったし、何より僕自身がそう言われるのを特に気にしていなかったので、笑って受け止めていることができた。
彼女曰く、僕はまず目付きが変態じみているらしい。瑞希を見ているときならまだしも、他のときもなんだか変態っぽいと言われていた。他にも、何かを触ろうとするときの手つき。なんだか卑猥に見えるらしい……善処しようとはしたけど、直せるものじゃなくない?
それから、キスがちょっとねちっこい?らしい。いや、全然僕にはそんなつもりなかったけどね? ただ、どうもそう思えたらしい。別にその辺りはお互い様じゃないかな……なんて口が裂けても言えなかったけど、まぁそれでキスしないでなんて言われたことだってなかった。
それからキスする場所も……うん、これは別に詳しく思い出すようなことじゃない。悲しいのもあるし、やっぱりそれ以前にちょっとだけ恥ずかしい。恥ずかしさと、そんな日々が戻らない悲しさとがごっちゃになってしまう。
あと言われたのは、話題。
別にそんな変なことを話していたつもりはないけど、たぶんちょっとした単語で前にしたときのこととかを思い出してつい照れたりしていたから、そういうことかも知れない。なんなら、それなら瑞希のほうがよっぽどダイレクトに話していたような気がするんだけどなぁ……、そんなことも、もう言えないんだ。
笑い方も言われたことがある。これは僕自身もちょっと自覚していて、たぶん理由は小学生の頃に漫画のキャラクターがしていた忍び笑いにただならぬ憧れを抱いてしまったことだった。それまでは口を開けて大きく笑っていたのをどうにか我慢してまで忍び笑いを自然のものにしたら、中学校の頃に好きだった娘から「なんか気持ち悪い」と言われてしまった――ううん、それがあったから瑞希と出会えたんだ、きっとそうだ、そう思おう。
瑞希と会ってからは本当に毎日、1回か2回は口を開けて笑っていたような記憶があって、『ほら、やっぱりそっちの方が楽しそうに見えていいよ!』なんて得意げに言われたこともあった。たぶんそれはほぼ100%瑞希のおかげで、元々明るい性格ではなかった僕は、彼女のそんな明るさに本当に救われていたんだと思う。
喧嘩したこともあった、時には本当に別れたいなんて思ったこともあったし、ちょうどそのときに別の女の子も近くにいたからダメ元で告白しようかまで考えたことだってある。それでも結局、いつの間にか瑞希のことばかり考えてしまっていて、いつもすごすごと謝りに行って、許してもらって、僕も許して。
そんな日常が、かげがえのないものであることなんて、喧嘩するたびに噛み締めていたはずなのに。
「もっとしておきたいこともあったのになぁ……」
スマホのカレンダーを見ると、瑞希との予定がびっしり詰まっていた。あぁ、今日だって本当は瑞希がバイトから帰って来たら予約してたナイトサファリにでも連れて行こうと思っていたはずなのに。
今日の日付を見ると、『ナイトサファリ』という味気のないゴシック体の文字と、その下の行にもうひとつ、『僕が変態と言われる理由』と書かれていた。
あぁ、そうだった。
僕が変態と言われる理由は、まだあったんだった。
けど、それも明かしてくれたわけではない――『また今度ね』と言って、逃げられてしまったのだ。恥ずかしそうというよりは、なんだか言うことを躊躇っていたようにも思えたから、僕も深くは追及できなくて。
そうか、もう聞けないんだな……。
また、涙が零れてきた。
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