チグリジア

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「俺のはほら、いきなり初対面の人間に話す内容じゃないから」 「おい……」 「なーんて、うそうそ。そんな怖い顔しないでよ。ちょっと何処かで聞いた台詞を口にしたかっただけだから。他人の不幸に首を突っ込んでおいて、思わせぶりな口ぶりで自分の事は話さないなんて無神経な事はしないよ」 男自身が告げた理由で非難の眼差しを向ければ、男は朗らかに笑いながらあっさりと掌を返してくる。 気安い態度のイメージとは違い、意外にも誠実な考えもあるようだ。 「俺はすぐそこのホテルに宿泊してて、気ままな独り身で旅行中。今は散歩してて斯乃を見かけたからナンパ中かな。失恋もしてないから、気楽なもんだよ」 既に呼び捨てなのも、ナンパという発言も突っ込むだけ無駄だろう。思わず胡乱な目を向けるが、聞き流す事にした。 俺の事情を察している様子の上での当てつけのような発言は多少気に障るが、八つ当たりしても笑顔で受け流される気がした。 「俺と遊ぼうよ。こっちには結構遊びに来てるから、色んな所に案内できるよ?ひとまず寒いし、見た所チェックインはまだのようだから、まずは斯乃の宿泊先のホテルで食事かな。お腹も空いてるでしょ?」 「……慣れ慣れしいってよく言われないか?」 「顔が良いから許してあげるってよく言われるかな」 躊躇なく笑顔で返してくる男の言葉には素直に納得する。確かに、男程に整った容姿をしていれば大抵の人間は許してくれるだろう。
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