チグリジア

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総支配人は「左様でございますか」とにこやかに答えながら、俺の予約状況を確認したのだろう。目線が下がり、それほど経たずに戻る。 「申し訳ございません、安野高様」 心底申し訳なさそうな深刻な面持ちをし謝罪をしてきた総支配人に身構える。だが、続いて丁寧な口調で説明された内容にすぐに緊張は解けた。 どうやら、俺が予約していたシングルのスタンダードルームが今朝、水道の欠陥が発覚し修理中の為使用できない状況にあるとの事だった。 その為、責任とその謝罪を込め、差額による増額請求はなく、俺が本来宿泊する筈だった部屋よりも格段と上ランクのロイヤルスイートを用意したというのだ。 「この度は御迷惑をお掛け致します事、心よりお詫び申し上げます」 そう支配人に深々と頭を下げられる。 利用できないと告げられた時は流石に緊張したが、宿泊はできるという事なのだろう。だが、謝罪とはいえ、スタンダードを予約した客にスイートルームという最上ランクの部屋を提供するというのは流石に過度な誠意ではないだろうか。 一週間の間問題なく滞在できるのなら責任など気にしないし、部屋の質にもこだわりは特にない。 「あの、俺は別に気にしていないので、他に空きがあるんなら元々予約していた部屋と同じタイプで大丈夫です」 差額請求が生じずにスイートルームに宿泊できる事態は幸運というべきだろうが、ホテル側が提示してきたとはいえ、相手の弱みに付け込んだようで気が引けた。 それに、今以上に気分が下がるような事は御免だ。はっきりと告げるが、面倒な事に総支配人の表情は優れない。 「申し訳ございません、安野高様。同じタイプの部屋は当分の間予約が埋まっておりまして、現在すぐに御提供できるお部屋はスイートルームのみになっております。大変恐縮ながら、スイートルームのご利用をお願いできますでしょうか?」 提供されようとしているのがスイートルームなのだから言ってはいけないのだろうが、チェックインすらサクサクと進まないという先行きが不安になる事態にため息が出そうになる。 顔を顰めていたのだろう。総支配人が再び謝罪をする。 「追加料金の心配はないんだから、もうスイートルームに泊まろうよ。使い心地いいし、俺もスイートルーム利用してるからお互い行き来しやすいし」 それまで黙って傍にいた玲慧が取り持つように間に割って入ってくる。 これ以上俺が遠慮しようと、他に部屋がないのなら話は平行線を辿るのみで面倒な事になるだけだ。それに、今は空いているとはいえ、他の客の邪魔にもなる。 「……すみません。じゃあ、お願いします。ありがとうございます」 「とんでもございません」 総支配人は俺が頷くのを待っていたとばかりににこやかな笑みを浮かべ、ルームナンバーを告げ、カウンターから出てくる。
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