チグリジア

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「俺の事好きにしていいよって言ったでしょ。他の男の事なんて浮かばないくらい斯乃の中を俺で満たしてよ」 頬に触れられ撫でられる。もう片方の手が俺の手を取り、玲慧の胸へと触れる。トクリ、トクリと規則正しい鼓動が手の平に伝わってきた。 すると、急に玲慧を艶めいたものが取り巻いて見えた。匂い立つような色気に知らず喉を鳴らす。 頬から滑るようにゆっくりと下がる指が唇へと触れる。冷たい指の感触にピクリと震える。 「俺を見て。俺をもっと意識して。斯乃の瞳に映ってるのは俺だよ」 会って間もない野郎が何を言ってるんだ。頭では反発するのに、玲慧からは得も言われぬ迫力めいたものを感じて身動きすら出来ない。 ゆっくりと、ゆっくりと玲慧の顔が視界に広がっていく。吐息を感じる程に近くなり、唇が掠めた瞬間。脳裏を過った記憶に一気に現実に引き戻された気がした。 「やめろ……っ!」 思いっきり玲慧を突き飛ばす。その反動で玲慧は後ろによろめくが、俺の反応も予想していたのか驚いた様子はない。 拒絶を込めて強く睨めば、玲慧は両手を挙げて「もうしないよ」と信用に値しない反省の色のない声音で告げてくる。 「さて、お腹空いたでしょう?荷物はそのままにしてレストランに行こうよ」 何事もなく接してくる玲慧にどんな神経をしてるんだと罵りたくなるが、玲慧を罵倒する余裕は脳裏に蘇ったままの記憶に密かに感情を昂らせた今の俺にはなかった。 「……先に行っててくれ」 顔を見られたくなくて俯いたまま返事をする。込み上げてくる感情を押し殺したせいで声は低く掠れてしまっていた。 だが、意図はわからないが玲慧はすんなりと頷いて先に部屋を出て行った。一人になった途端、抑えていた感情が一気に込み上げてきた。 「クソ……ッ」 熱い目頭に、滲んでいるだろうものを袖で強引に拭い去る。 嫌だ。嫌だ嫌だ嫌だ――!! 子供のように喚き散らしたい衝動を強く唇を噛む事で耐える。ズルズルとその場に座り込み、頭を抱えて必死に耐え続けることしか出来なかった。
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