チグリジア

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「……行かないと」 まだ胸の中には不快さが残っていたが、玲慧の事を思い出してのろのろと顔を上げて立ち上がる。 どれくらい経ったかはわからないが待たせているのには間違いなかった。感謝するわけではないが、今動こうと思えるのは玲慧の存在には違いなく、複雑な気分だった。 ――俺を見て。俺をもっと意識して。 甘い声が耳に蘇り、ざわりと肌が粟立つ。一瞬だけ唇を掠めた感触を思い出して、慌てて掻き消した。 「あいつは一体なんなんだ……」 奇妙な事に、さっきまであった不快さではないが胸が騒いでいた。顔がほんのりと赤く感じて、まるで玲慧の思う壺のようで面白くはない。 確かに腹いせのつもりで令慧からの誘いを了承したが、ただ一緒に過ごすだけのつもりで深くは考えていなかった。 ここにいる間の期間限定で構わないと言っていたから、玲慧にしてみれば遊びの一つなのだろう。だとしたら、玲慧と一緒にいるという事はそういう関係になるというのも当然考慮しないといけないのだろうが……。 「あいつみたいに割り切れたら少しは楽になんのかな……」 自棄になっているのは自覚している。あの野郎に振られるまでは遊びで誰かと深い関係になるなんて考えた事すらなかったし、セフレのようなものはどちらかというと嫌悪する方の人間で考えたことすらない。 だが、それでも、今の最悪としかいいようがない現実から少しでも楽になれるのならなんだっていいとすら自暴自棄な考えが頭を占める。
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