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「怯えないで。俺を見ていて」
吐息を感じ合う程の距離で低く囁かれ、艶めいた声に鼓動が跳ねる。見透かされている心地に背筋が震えた。
本当は怖い。どこまで不幸に陥ればなんて分かる筈もなく、思考を放棄する程に深く堕ちていく気がした。
近づく瞳を見つめたまま吸い込まれるように、キスをされるのだと思った。息を詰め、その瞬間に身構えていると。
「可愛いよ斯乃。でも、唇へのキスはまだやめておくね。人目もあるから」
途端、忘れていた人目を一気に強く感じて羞恥心が込み上げる。きっと真っ赤になっているだろう顔を熱くしていれば、追い打ちを掛けるように唇の端にキスをされた。
一瞬の事で呆然としていれば、玲慧が俺の手を引く。
「さ、行こうか。美味しいものたくさん食べよう?」
「……ああ」
本当に掴みどころのない男だと思う。だけど穏やかに微笑み、繋いだままの手を引いてくれる存在に掬われているような気持になった。
玲慧の思考などわからない。だが、唇にキスをされなかったのは本当に人目が気になったからなのか疑問に感じた。さっきのキスといい、玲慧は人目を気にするような人間には思えない。
唇の端にまだ感触が残っている気がして、その部分が熱く疼いた気がした。上がる熱を振り切るように、思考を止めた。
玲慧の事はわかる気がしなかった。
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