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七年付き合って、同棲までして、パートナーシップまで本気で考えていた相手に捨てられたのは想定外の事態で、あっさりと捨てた野郎を叶う事なら殺してやりたいと殺意すら湧く。
俺と同棲までして付き合っておきながら、一年前から会社の上司の娘と懇意の関係で、結婚の話が決まって昇進の話も確定しているから別れてほしいと告げられたのが前日。
とにかく腹は立つわ、惨めだわで怒りのまま荷物を纏めて、速攻で無理やり手配させた旅行先に来た。
「……こっちで掛かった金は全部あの野郎持ちなんだから、多額の金を使い込んでカードローン地獄に追い込んでやろうか」
憤る俺に、報復で結婚が決まった上司の娘に関係を暴露されることを危惧したのか、それとも成功者の優越感からか、旅行先で掛かる費用も全て持つからとクレジットカードを渡されていた。
限度額まで絶対に使い込んでやる。
スーツケースを睨みつけながら、湧き立つ殺意に胸の内で相手の男にナイフを突き立てようとすると。
「お金を使い込みたいなら、俺が協力してあげようか?」
「は?誰?」
聞き慣れない気安い掛け声の不愉快さに眉を顰める。八つ当たりだと分かっていても荒れた気持ちを抑えきれずに苛立った声で威圧しながら振り返れば、想像以上に間近に迫っていた端正な顔に息を呑む。
涼やかな眉に、少し垂れ気味の柔らかな目元。スッとした鼻梁と、形の良い唇は程良い色に染まり艶めいており、穏やかな微笑みが甘い色香を匂わせている。
癖のない艶やかな黒髪から覗くイヤーカフとピアスといった派手さは、柔らかな男の雰囲気のせいか嫌味な感じは受けない。
不覚にも整った男の容姿にドキリとなるが、すぐにはっとなり、慌てて後ろに下がって距離を取る。
「アンタ誰?」
警戒心を隠さずに低い声で問いかける。
スウェットにチェスターコート、ストールといった落ち着いた色合いの服装をしており、手荷物は見当たらない。
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