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「俺は観音玲慧。玲慧って呼んでよ。君は?」
気安い態度に露骨に顔を顰めても男に意に介した様子はなく、にこにこと笑ったまま俺が名乗るのを待っているようだった。
相手にする気分じゃないから立ち去れという気持ちを込めてじっと睨みつけるが、暫し経っても態度を崩さない毒気のない穏やかな男に根負けしたのか、次第に俺の方が疲れてくる。
どうせ不幸まっしぐらだ。相手がどんな人間でどんな目的だろうと、半ば自棄になった気持ちではどうでも良かった。
「安野高斯乃。暇つぶしか集りか知らないけど、俺別に金持ちってわけじゃないから無駄な時間だと思うよ。他の奴当たったら?」
立っているのも気怠くなり、溜息混じりに男を冷たくあしらいながらその場に座る。手をついた砂浜はサラサラとしていて、漠然としたザラザラの砂のイメージとは違い、意外と触り心地が良いのも今は気分を落ち込ませる。
「君がいいな。金には困ってないから安心して。暇潰しって点はあんまり否定しないけど」
「否定しないのかよ……」
当然のように隣に座る男の素直さに呆れるが、いっそ清々しい。ややこしさは御免の荒んだ身にしてみれば、分かり易くて丁度いい。
いや、別に構ってやるつもりはないからどうでもいいのだが。
「こんな寒い日に、怖い顔して人を恨んでるって事は失恋したの?慰謝料は随分と貰ったみたいだけど」
「……そういうアンタもそんな寒い日に海にいるってことは失恋したのかよ?」
最早男の気安さを気にするのはやめた。初対面なのだから当然知らないが、元からそういう男なのだろう。
知った口ぶりの男の的確な言葉には一瞬驚いたが、呟いていた恨み言を耳にしたのだろう。加えて穏やかさとは程遠い俺の様子を見れば、容易に想像がつく陳腐な現実だろう為、気にする程大した事ではない。
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