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その4
俺は呆然と、スーツ野郎の話に耳を傾けた。昼間に見た、もう一人の俺を理由づけるなら、これがピッタリな気がした。
「それだけではありません。優秀な社長のクローンが千人、系列会社に派遣される訳です。会社の株価はその後、順調に回復し、あなた方、社長のクローンである『ブラック人間』のおかげで、会社の経営は軌道に乗りました。
もちろん、社長も株を持ってましたので、相当の額を儲けたと思われます」
俺はその額を頭の中で計算した。
サラリーマンの生涯収入は三億から二億くらいだから。二十年間では、七千万から五千万ほど、俺一人で社長の元に流れている。それが千人、最低でも五百億。ふざけるなよ。こっちは、死ぬ気で働いて、スーパーの安いお惣菜だってのに。
「てか、糖尿病ってのは」
「アナタたちは皆、糖尿病でこの部屋で孤独死する様に遺伝子にプログラムがされているんです。ですから、糖尿病の兆候が見られるということは、アナタももしかしたら、そろそろ……」
「死ぬってのか?」
「そうやって毎年数十名づつ殺して、証拠を隠滅していくんです。中年男性の孤独死は多いので不自然ではありません」
「ふざけんな!」
俺はテーブルを叩いて、立ち上がった。が、スーツ野郎は驚きもせず、微動だにしないで座って、俺を見上げた。
「ですから、アナタに私はチャンスを持って来たんです」
「チャンス?」
スーツ野郎は、そう言って名刺を俺に差し出した。
「申し遅れましたが、私は社長の資産を管理している等々力と申します」
「顧問の税理士か」
なるほど……そう言うことか。
俺はニヤッと笑い、等々力に返事をした。
「で、お前、報酬はいくら欲しいんだ?」
「五億でどうでしょうか?」
三百万が千人、三十億。税金を引いたら、トントンか。
「わかった。等々力さん。アンタの言うことに従うよ」
それからわずか一ヶ月で俺の生活は一変した。
まず等々力さんが社長の飲み物に毒薬を入れて殺す。そこにスーツ姿の俺が登場し社長と入れ替わる。
そして、前の社長の死体は俺と言う事にしてあのアパートの部屋に置いておけばいい。孤独死は死体がかなり腐食した状態で見つかる。毒は発見されない。
そして、俺は等々力さんに五億を支払い、末端の派遣社員から社長に上り詰めた。
案の定、無能だった社長の俺に仕事はほとんどない。仕事はほぼ役員がこなして、俺はただの名前だけの社長と言った感じだ。
当然だ、俺の元は一度この会社を潰しかけたんだ。俺に経営を任せる奴はいないが、俺の名前はブランド化しているので、社長からは下ろさない方がいい。
それから一年、俺は悠々自適に遊びながラセレブの暮らしを手に入れた。
俺は千人のブラック人間の中から運良く選ばれたことを神に、そして等々力さんに感謝した。
俺はもうブラック人間じゃない。俺は選ばれた人間なんだ。
──アナタはブラック人間です──
会社の帰り、スーパーの惣菜を漁ってからアパートに帰宅したら、郵便ポストに変な手紙が入っていた。
「ブラック人間?」
俺は意味が分からず、とりあえずその手紙を読みながらアパートの階段を上った。
等々力はその男が手紙を興味深く読んでいる姿を離れた場所から観察し、ニヤッと笑みを溢した。
一年の一人に手紙を書き、あれこれと説明すれば毎年五億が懐に入ってくる。等々力は自分がブラック人間の担当の税理士に選ばれたことを神に感謝した。
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