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第二話「アイスクリームと野菜スープ」
一応は顔見知りであり、挨拶をした以上、同席しないのも失礼だろう。
そう考えて、ラドミラはペトラの正面に座る。
「ペトラったら……。やっぱり、あなたって酔狂な女なのね。こんな季節に氷菓子だなんて」
ラドミラは軽く眉間にしわを寄せながら、ペトラの食べるアイスクリームに視線を向けた。
アイスクリーム。
牛乳を材料とする、柔らかい氷菓子だ。正確には『氷』ではないらしいが、とりあえず、それがラドミラの認識だった。
この世界に古くから存在する食べ物だが、元々は「牛乳を冷たく固めたもの」としか思われていなかった。そんなアイスクリームを現在のような形に仕上げたのは、別の世界からやってきた転生者たち。彼らの知識で改良された結果、爆発的に売れ行きが上がったのだという。
確かにラドミラも、数年前、アイスクリームが夏のスイーツとして大ブームになったのを覚えている。彼女自身、実際に何度か口にしてみて「なるほど、まろやかで美味しい」と感じたものだった。とはいえ、あくまでも夏のスイーツであり、寒い冬にまで食べようとは思わないのだが……。
「まあ、これもペトラらしいかもね。あなたって、甘い物には目がないみたいだし」
少し呆れたような目を、ラドミラが向ける中。
ペトラは、そこはかとなく優雅な手つきで、少しずつスプーンを口に運びながら、一口アイスクリームを食べる度に、満面の笑みをたたえていた。
食べるのに夢中であっても、一応、ラドミラの視線には気づいたらしい。にっこりと微笑みながら、無邪気な言葉で返す。
「ラドミラさんも食べます?」
「いらないわよ。たった今『酔狂』って言ったの、聞こえなかった?」
二度も繰り返すのは失礼かもしれないが、ペトラは、全く気にしていないようだ。
「あら、もったいない……。今の時期にアイスクリームを食べられる場所なんて、めったにないのですよ。私なんて、はるばる都から訪れたというのに……」
「はあ? もしかしてペトラ、アイスクリームのためだけに、こんな辺鄙な村まで来たっていうの? この寒い中を?」
「当然ですわ。冬でも美味しいアイスクリームが食べられる……。その噂を信じて、わざわざ来た甲斐がありましたの。寒い冬に食べるからこそ、よりいっそうの美味になるって、実感させられましたから!」
さらにペトラは、色々と自慢げに述べ立てる。
アイスクリームの甘さ向上に貢献した転生者がこの村にも住んでいるとか、その転生者と面会して直接レシピをもらったとか……。
「はあ。これだから、甘い物マニアは……」
と、ため息をつくラドミラ。
よく見るとペトラの白ローブは、形こそ同じだが、以前のものより厚手の素材になっていた。寒い冬の旅支度としては正しいのだろうが、これでは、もはや魔法士のローブではなく、外出時に着る外套だろう。
それを暖かい室内でも脱ぐことなく、十分に着込んだ上で、冷たいものを食べているのだ。そこまでして冬にアイスクリームを求めるペトラに呆れてしまい、ラドミラが口をあんぐりと開けたタイミングで。
「はいよ。お待ちどうさま!」
宿屋の女主人が、二人のテーブルへやってきた。ラドミラの口に入る食べ物を――スープとサラダとパンを――お盆に載せて。
「やっぱり冬は、あったかい食べ物が一番ね」
赤いスープに口をつけた途端、素直な感想がラドミラの口から漏れる。
サラダは塩味の効いたシンプルなグリーンサラダ、パンは硬めのライ麦パン。二つともありきたりの食べ物だが、野菜のスープは格別だった。
辛そうな色とは裏腹に、甘みと酸味が特徴的な味付けであり、鶏肉や牛肉、タマネギ、ニンジン、キャベツの他に、ラドミラの知らない赤野菜も煮込まれているらしい。それらが喧嘩することなく、一つの味のハーモニーを奏でているのだ。
「気に入ってもらえて、あたしも嬉しいよ。うちの名物料理だからね」
宿屋の女主人も、ラドミラの言葉を耳にして、笑顔を浮かべている。
料理を運んできた彼女が、なぜすぐに戻らず、このテーブルの横に立ったままなのか。少しラドミラは疑問に思うのだが……。
「ところで……。お客さんたち、こうして一緒のテーブルで食べてるってことは、知り合いかい? 二人とも魔法士のようだけど、それなら……」
ああ、なるほど。何か話しをするつもりだったのか。
そんなことを考えて、ラドミラの対応が一瞬遅れるうちに。
ペトラが勝手に、素っ頓狂な言葉を返していた。
「ええ、そうですわ。私とラドミラさんは、仲の良いお友だちですの」
「……違うでしょ。私たちは、ただの知り合い」
ラドミラの小声を、ペトラは聞き逃さずに、
「あら、つれないですわね。一緒に仕事した仲じゃありませんか」
「へえ。お客さんたち、仕事仲間だったのかい」
納得したような顔の女主人。
「……といっても、一度だけよ」
二人に反論する口調のラドミラだが、彼女の気持ちは、ペトラには通じていないらしい。
「あらあら。ラドミラさん、照れることないですのに……。そうだ! ラドミラさん、ここでも一緒に仕事しましょう!」
「……は?」
間抜けな声で返してしまうラドミラ。
ペトラがこの村に来たのはアイスクリームのためかと思いきや、そうではなく、仕事をするために来ていたのだろうか。それにラドミラを巻き込もうというのだろうか。
戸惑うラドミラを置いてけぼりにして、ペトラは、女主人と言葉を交わしていた。
「ラドミラさんと一緒でしたら、先ほどのお話、引き受けても構わないですわ」
「おお、やってくれる気になったかい。それで、報酬の件だが……」
「あら嫌ですわ、お金の話なんて。熊巨人の肝と心臓さえいただければ、それで私は結構ですもの」
「えっ、それだけでいいのかい? それじゃ早速、村の者たちに……」
「……ちょっと待って、二人とも!」
交渉成立という雰囲気でサクサク進む会話に、大声でラドミラは割って入った。
「私抜きで話進めないでくれる? 今『熊巨人』って言葉が聞こえたけど……。ひょっとして、これ、モンスター退治の依頼なんじゃないの?」
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