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第三話「冬眠しない熊と泥棒猿」
「おお、さすがだね! こっちが話す前から、もう事情を把握してるなんて! そうなんだよ。今この村は、熊巨人に荒らされて、困っていてね……」
熊巨人。
ゴブリンやオーガの亜種という説もあるのだが、外見が二足歩行の巨大な熊そのものであるため、一般的には別系統のモンスターとして扱われている。
知らない子供などは「二足歩行の熊」という言葉から「ぬいぐるみの熊さん」を連想することもあるそうだが、一度でも本物を目にしたら、そんなイメージは吹っ飛んでしまうという。
熊が凶暴な動物であるように、モンスターの中でもかなりパワフルな上級モンスターだ。また外見だけではなく、冬眠する点も熊と酷似しており……。
「普通、熊巨人って、この時期には巣穴の中で眠ってるはずよね? 特に寒い地方では、冬眠期間は長くなるって聞いてるけど」
「そうなんだよ、お客さん。毎年この辺りの熊巨人は、秋の終わりには、もう寝込んじまうんだけど……。今年に限って、いまだに活動を続けていてねえ」
とはいえ、この寒さの中では、餌になる野生動物も植物も見つけにくいらしい。そのため、山から村に降りてきて、畑を荒らしたり、家畜を襲ったりするのだという。
「なるほどね。だから退治してほしい、ってわけね」
フリーの魔法士や冒険者が、トラブルを抱えた村や街をたまたま訪れて、突発的に仕事を依頼される。この世界では、よくある話だった。
「そうなんだよ、お客さん。最初は、こちらのお客さんに頼んだんだけど……」
と、チラッとペトラに目を向ける女主人。
一応ペトラは話に耳を傾けているが、もう会話に参加するつもりはないらしく、ひたすらアイスクリームを食べている。
「……攻撃魔法は苦手だから一人じゃ無理、って言われちゃってねえ。諦めてたところへ、あんたが来てくれた、ってわけだ」
「そういうことなら……」
話の大筋を理解したラドミラは、頭の中で算盤を弾く。
ひ弱な魔法士や駆け出しの冒険者には強敵となる熊巨人も、強力な攻撃魔法を操る彼女にとっては、それほど苦戦する相手ではない。
とはいえ、モンスターの数がわからない以上、一応の備えは必要だろう。補助魔法が得意なペトラは、サポート役には適任。友人としてではなく仕事のパートナーとして連れていくのであれば、悪い人選ではないと思う。
「……この仕事、私とペトラの二人で引き受けるわ。ただし、きちんと報酬はもらうわよ。モンスターの内臓なんかじゃなくて、普通に金銭で」
結局。
村の蓄えの中から、ある程度の金額が支払われるということで、契約が成立した。もちろん、その全額がラドミラの懐に入る形であり、ペトラの方の報酬は、熊巨人の肝と心臓のみ。
ペトラはサポート役に過ぎないのだから、これは妥当な条件だろう。ラドミラは、勝手にそう納得していた。
「ところで……。できたら、盗まれたストーブも取り戻してもらえないかねえ。いや、これは村の総意じゃなくて、アキムって男の個人的な頼みなんだけど……」
話がまとまった段階になってから、後付けで依頼内容が増えた。
冬になったばかりの頃、一人の農夫の家から、暖房器具が盗まれたのだという。お金を貯めて購入した、高価な魔法式ストーブだ。
逃げ去る犯人たちの後ろ姿はバッチリと目撃されており、猿のような姿形をしたモンスターの集団だったらしい。
「猿に似たモンスター……。つまり、猿ゴブリンね?」
確認の意味で、聞き返すラドミラ。
猿ゴブリンは、ゴブリン系モンスターの一種族。外見も『猿』を思わせるイメージだが、群をなして小狡く動き回るところが『猿知恵』とか、モンスターのくせに人間の真似をするところが『猿真似』とか言われており、それで『猿ゴブリン』という呼び名が定着したらしい。
「あたしらは、正式な名前なんて知らないけどね。とにかく、近くの山でよく見かけるゴブリン系のモンスターだよ」
「わかったわ。『できたら』でいいなら、それもやってみる」
気前よく、追加発注もサービスで請け負うラドミラ。
猿ゴブリンには、自分たちより上級のモンスターと共生するという、虎の威を借る狐みたいな性質がある。おそらく今回は熊巨人と組んでおり、そのストーブで暖かく過ごすことで、熊巨人も冬眠する必要がなくなっているのだろう。
ならば、ストーブ盗難事件こそが全ての発端であり、それを解決しない限り熊巨人問題も片付かない。そうラドミラは理解したのだった。
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