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そんなことがあったなんて、少しも知らなかった。いつも、楽しげにおちゃらけていた海人からは想像もできなかった。
「海人が指名してって言うのは、指名が多いとボーナスが増えるからだって言ってたよ。ここ1年は入院しっぱなしだったから、お金がかかってね……」
そんなわけがあったのに、私はホストみたいなんて言って、傷つけていたのかもしれない……。
「私、海人くんのこと、何も知らなかったんですね。海人くんは、私に何も話してくれなかった。やっぱり、私と海人くんは先生と生徒以上ではなかったんだとわかりました」
私は立ち上がった。
「そういうことじゃないと思うよ。気を遣ってたんじゃないのかな。母親の病気のことなんか話しちゃったら、涼子ちゃんが気にするんじゃないかとかさ。それに、自分は高卒で、涼子ちゃんみたいに大学院出の研究者さんには引目を感じてたのかも知れないね」
「そんなこと……」
「私は海人の母親が夜の仕事に行く時は海人を預かって、ご飯を食べさせて、親代わりみたいな気持ちで見てきたから、わかるのよ。海人は涼子ちゃんと出会ってから、本当に明るくて楽しそうだった。前から暗い子ではなかったけど、今とは全然違ってたよ。毎日、幸せそうだった。涼子ちゃんがここにいないときでも、涼子ちゃんの話ばっかりしてたよ。今の海人を支えてあげられるのは涼子ちゃんだけだと思うんだけどな」
そう言われても、私にはそんな自信はなかった。
いつも冗談ばかり言って、真面目な話なんてしなくて、私の方もそうだったから。
「帰ります。ごちそうさま」
私は港屋を出て、アパートに戻った。
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