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1.春、進路と出会い
休み時間。
バサバサッ。 強い春風が吹いて、教卓からプリントがひらりと落ちた。
出席番号の都合で1番前の席に座っていた私は、プリントをかき集めて先生に渡す。
先生からのお礼を受け取り、席に戻った私はきっと憂鬱な顔をしている。
進路希望調査票
さっき拾ったプリントには、印刷された文字でそう書いてあった。
(あーあ、進路、どうしよ)
ふと窓の方を見ると、陸達が風で膨らんだカーテンとじゃれ合い、ゲラゲラ笑っている。
(いいなあ、陸は進路も迷わなくて良くて)
実は、陸は野球部の主力選手で、ある程度行きたい大学を決めているらしい。
以前、そんな事を自慢げに話す陸に、「あんた野球ちゃんと出来るんだ。ただの坊主じゃないんだね」なんて茶化すと、少し怖い顔をして頭を軽く叩かれた。
1年ほど前、陸の試合を明日香と一緒に見に行ったことがある。
いつもの教室でおちゃらけた陸とは別人だった。
野太い声を出して、チームメイトを励まし、ユニフォームを土で汚し、必死に球を追いかけていた陸は、いつかテレビで見た高校球児そのものだった。
(あんたも野球やってる時は男前なのに)
そんな事を、カーテンと楽しそうにじゃれあっている陸に、私は心の中で呟いた。
キーンコーンカーンコーン
休み時間の終わりを告げるチャイムが鳴った。
「おーい、席につけー!」
休み時間、何やら忙しそうに書類を書いていた先生の声が、教室に響き渡る。
挨拶を終えるとさっき教卓に置いてあったプリントを先生が配っていく。
私のプリントだけ席替え希望調査票とかになっていないかな。
そんな願いも虚しく、しっかりと進路希望調査票と書かれていたのを確認し、私はうなだれる。
「この1年であなた達の将来が大きく変わります。勉学に励み、しっかり自分と向き合い、将来を見据えた行動をとること。
この紙を今日持って帰って保護者と相談しながら1週間以内に提出してください。調査票を元に、来月から三者面談を行います」
「えーっ 」
教室がざわざわとざわめく。
もちろん私も声を上げた1人だ。
「明日香はいいなあ。もう大体は決まってんでしょ?」
「まあ、何となくだけどね。しおり、休み時間に紙見てから、やけに元気なくなってたもんね」
明日香が意地悪な顔をして笑った。
明日香は、地元で商学部が有名な大学を第一希望としている。彼女の成績なら安全圏だろう。
「あー、私だって別にやれば出来るんだよ?
ただみんな私のやる気スイッチを押すのが下手なだけで。あー、もっとかっこいい先生がー」
「しおり、後ろ」
やばっ。思った頃には時すでに遅し。
鬼のような顔をした先生が私をじっと睨んでいる。ひぇっ。
「佐野、お前は三者面談1時間な。たーっぷり先生とお話しような」
「うっ」
誰があんたみたいなダメ男と1時間も話すんのよ!とは流石に言わず心の中に溜め込んでおく。だからあんたは40手前でも独身なんだよ。もついでに言っておいた。
「先生、席替えしましょうよー」
クラスの男子が声を上げる。
「あー、そうだな。時間もあるしせっかくだからやろうか」
(やるじゃん!
ダメ男なんて言ってごめんね!)
私は心の中でガッツポーズをする。
1番前はもう懲り懲りだ。後ろの席の明日香と離れるのは悲しいけど休み時間にまた集まればいい。
さよなら明日香、席は離れても私たちの友情は離れないよ。
悲しげな顔をして明日香を見つめていると
「なに? しおり、悲しそうな顔して。そんなに1番前好きだったっけ?」
「ちがっ、私は明日香とー」
「お、佐野、やっと勉強する気になったか?偉いぞ。お前はこのまま固定にしといてやる」
「嫌です! 1番後ろの1番隅の席がいいです!」
(何勝手なこと言ってんのよ、このダメ男!
明日香も余計な事言わないでよね!)
私はべーっと舌を出す。
「よし、くじができたぞー。順番に取りにこいよー」
みんな、わくわくした表情でくじを取りに行く。
鳥たちもなんだか嬉しそうに鳴いている。
んー、いい天気。席替え日和だよねー。
全く関係ないけどね。そんな事を考えながらくじをひいた。
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