1.春、進路と出会い

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「ただいまあ」 もう早い事で新学期4日目。特に何もしていないのにクタクタになった私は、はぁ。とため息をついた。 「おかえり、あんた進路とか考えてんの?」 いきなりその話題入るのね。あー、家でくらいだらだらしたいよ。学校でもだらだらしてるけど。 「え、えっと…な、なんとかなるさぁ…ははっ」 「なんとかなるってそりゃそうだけど… あんた進路希望調査票見せてもらってないけど?」 ぎくっ。 痛いところをつかれてしまった。 実は、母に3日間ずっと進路希望調査票のことを相談していなかったのだ。渡された報告すらしていない。 「げっ、なんでお母さん知ってんの?」 「さっき明日香ちゃんと出会ったのよ。3日前に渡されたみたいじゃない」 明日香のやつ…余計なこと言わなくていいのに。明日あったら意地悪してやろう。 相談すらしていない自分のことを棚に上げ、明日香を恨む。 「んー、進路、ど、どうしよね??」 「お母さんが決める事じゃないもの。やりたい事とか勉強したい事とかなんかないの?」 「あったら困ってないよ。うー、晩ご飯までに考えとくー」 とりあえずその場を離れよう。それから2階でじっくり考えるとしよう。 「はぁー、やりたいことかあ。特になにもないなあ」 自分の部屋に入り部屋をじっくりと見回す。 小学生の時に賞を取った絵、バドミントンの大会での準優勝メダル。 昔は優秀だったんだけどなあ。 「小学生の時の夢ってなんだったっけ?」 そこに何か書いてあるかもしれない。そんな期待を胸に引き出しの奥から卒業アルバムを引っ張り出す。 ー素敵なお嫁さんになること。 少し頬が熱くなった。お、お嫁さんって私、何言ってんだろう。期待した私が馬鹿だった。 そうだ、進路、進路。今は進路のことを考えなくっちゃ。昔の夢は今はどうでもいい。 「そう言えば昔は素敵なお嫁さんになるって言ってたわねえ」 いつからいたのか母がドアのそばに立っていた。自分で言うのもなんだが、私の母はすごく綺麗な顔をしている。20歳で結婚し、出産しているので、年齢も若い。 自慢の母ではあるが、今はそんな事言っていられない。 「お、お母さん!? い、今は進路の事に集中したいから下に降りててよ! もう!」 「そういえば彼氏とかいないの? 中学生の時はすぐお母さんに相談してくれてたのに、最近ちっともしてくれないじゃない」 「あー! いない! いないよ! それどころじゃないのー! 私だって大変なんだよ! 「はいはい、また晩御飯できたら呼ぶからねー」 そう言って母は下に降りた。 なんで私こんな恥ずかしい思いしなきゃいけないんだろ。進路のこと考えているだけなのに。 気を取り直してと、椅子に座る。なんだか少し硬く感じる。椅子もきっと不機嫌なのだ。 やりたい事なんてなかなかないしなぁ。私、何になるんだろう スマホを取り出す。慣れた手つきで画面を呼び出し文字を入力。「進路 わからない」 あるサイトをタッチする。私の悩みは、高校3年生の悩みの2位みたいだ。 なんだ、みんなそうだよね。なかまなかま! そして適職診断をやってみる。 長い質問に答えやっと結果発表。 「保育士」 げっ私子供ちょっと苦手だな… そう、予想外な行動を平気でする子供は、私は少し苦手だった。中学生の時、保育実習に行ったことがあるのだが、走ってきた子にぶつかられてギャン泣きされたのがトラウマになっているのだ。 もうちょっと考えよう。 気づけば外は薄暗くなって、少し肌寒くなっていた。もう4月とはいえども、日が落ちるとまだ寒い。そして何だか眠い気もする。 「それで? 夢の中で何かやりたいことは見つかった?」 うっ、私は思わずお箸を落としてしまう。 母が部屋を覗きに来た時、私はすっかり夢の中にいた。もちろん進路のことなんてこれっぽっちも進んでいない。 「べ、別にそんな嫌味な言い方しなくても。適職診断ってのしてみたら、保育士って結果だったの。でも私、子供苦手なんだよねー」 「どっちが子供か分からなくなりそうだもんな」 父がちょっかいをだしてきた。 そしてハンバーグをぺろりと1口。 「うるさいなあ。お父さんは黙っててよ」 「まあ、でも、やりたい事がないって事は、何にでもなれるって事だ。焦らずじっくり考えればいいさ」 最初からちょっかいなんか出さずにそう言ってくれればいいのに。そんなことを思いながら私は確かに、と納得する。 「しおりも大人になったんだねえ」 お母さんが感慨深く呟いた。 そうか。もう私は大人になるんだ。大人ってだけで少し憂鬱になってしまう。 毎日仕事で疲れて帰宅。そして朝早くから出勤。自分の利益のためなら人を平気で傷つける人達。そしてきっと何が偉いかよく分からないおじさん達にペコペコ。 「あー、大人になんかなりたくないなぁ」 ふと、私の口から本音が出てしまった。 「大人はいいぞー? お酒も飲めりゃ煙草も吸える。車も乗れるし、デートだってどこにでも行けるんだ。 確かにしんどい事も多いけど、ストレス発散する場所や方法も増えるんだ。 大人になってからでも好きな事はできるし、何がしたいかってのも明確に見えてきたりもするんだ」 いつもは適当な事しか言わない父が、珍しく真面目なことを言っている。 父は母の7つ年上だ。今はサラリーマンをしている。前に、どこで母と出会ったのかを聞いたら「俺の職場のお客さんだったんだ」と少し照れくさそうな表情をしていた。
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