1.春、進路と出会い

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「そんなもんかねえ」 いまいち父の話を理解しきれない子供な私は、水を一気に飲み干した。そしてお風呂の支度をしようと席を立ったその時 「しおり、生きてりゃなんとかなるんだよ」 母が、私の目をじっと見てそう言った。 私は、もう一度椅子に座る。 しかし母は、すぐいつもの優しい顔に戻り、「お風呂ゆっくり入りな」 だけ言ってトイレに行ってしまった。 なぜ母が急にそんな事言い出したのかは分からない。もう少し話を聞きたかったが、母の顔が、「今日の話はここまでよ」と私に言っているような気がしたので、わたしは大人しくお風呂に入ることにした。 生きてりゃとかなる、そんな事わかってるけどなぁ、私そんなに死にそうな顔でもしたたのかな。お風呂から上がった私は、ぶつぶつとつぶやきながら、自分の部屋の電気をつける。 ベッドに寝転がり、溜まっていたメッセージを返し終え、意味もなくショップアプリを見ている。 私の寝る前のルーティンだ。 そろそろ寝ようかなと思い、部屋の電気を消したと同時にスマホが震えた。 「しおり、ごめんね。夜遅くに」 「ううん、どうしたの?明日香」 「しおりってさ、その、好きな、んー、その、好きな事とかあるの?」 歯切れの悪い明日香の質問に疑問を抱きつつ、私はんー、と唸って答える。 「音楽聴くことかなぁ。私もあんまり最近わかんないんだよね。何が好きで何になりたいのか。」 「そっか。そうだよね。うん。ごめんね。夜遅くに。おやすみ。またあしたね」 一体、何が聞きたかったのだろう。明日香らしくなかったな。また明日学校で聞けばいいかな。 次の日、私と明日香は、ほぼ同時に学校についた。軽く挨拶をして、喋りながら教室に行く。1年生で、2人が友達になった時からは、ずっとこうだ。 教室に着くと、もう7割くらいのクラスメイトが、本を読んだり、喋ったりしていた。 私達も、荷物をロッカーに入れ、たわいもない話に花を咲かせていた。 「おはよう!」 うわっ。びっくりしたなぁ。ってか、ん? 「うわ! お前、まじか!」「案外いけてんじゃん!」「めっちゃいいじゃん!似合ってる!」 教室が一気に騒がしくなった。そして、みんなの視線を集めているのは、高橋くんだった。 肩の近くまで伸びていた髪が、耳がくっきり見えるくらいまでバッサリ切られていた。 そして整髪料が適度につけられて、髪の毛がつんつんしている。目が大きく、鼻筋もしっかり通っている高橋くんは、雑誌のモデルに載っているような爽やかな感じになっていた。 「何? 失恋でもしたの?」「逆に彼女できた?」 などなど、クラスメイトがまるで報道陣のように群がり、高橋くんに囲み取材している。 「何でもねえよ。」 高橋くんは、一言だけ少し笑みを浮かべ、私の前の席に着いた。 「おはよー」 高橋くんが私たちに挨拶をしてくれる。 「おはよー髪いい感じだね」 私は素直に高橋くんに伝える。 「ほんと? いやあ、良かったよ。 ちょっと教師入る時緊張したわ」 あんな大きい声で挨拶してたくせに。とは心の中にしまっておいた。まだ高橋くんとは小言を言い合えるような関係では無い。 「すごく、かっこいいよ。そっちの方が爽やかだし似合ってる」 続けて明日香も高橋くんを褒める。直接男子にかっこいいなんて、私にはなかなか言えないなあ。何故か私が少し恥ずかしくなってしまう。 「ありがとう。明日香ちゃんも今日の髪型可愛いよ」 ひゃー、やっぱモテる人達は違うな!さらっとかっこいいだのかわいいだの言っちゃって!全く関係ない私が頬を赤らめてしまう。 「あ、ありがと」 珍しく明日香も動揺しているようだ。何だかそわそわして落ち着きのないようにも見える。もしかして、この2人お似合いなのでは?1人で盛り上がっていると高橋くんから視線を感じる。私寝癖でもついてんのかな。 「しおりちゃん見てるの楽しいよね。なんかキョロキョロしながら餌探してる犬みたいで可愛いし見てて飽きないし」 い、犬?私はまず人間としてすら見られてなかったの?別にそんなに食い意地だってあるわけじゃないし。 「わかる。なんかすぐ表情コロコロ変わってすぐ顔に出ちゃう所とか見てておもしろいよね」 明日香まで私のことそんな風に言っちゃって。いいですよ。どうせ私はお腹空かせた犬ですよーだ。 「ほら、餌あげる」 明日香が意地悪な顔して私の目の前にグミを出した。お、これ私の好きなやつ!それも期間限定で最近出たやつじゃん!私は、ぱあっと差し出された餌を貰おうとする。 いや、待て。これでもらったら余計にからかわれるな。あー、でも食べたいな。明日香と高橋くんがニヤニヤしている。 「い、いらないもん」 私は少しムッとした表情で明日香たちに答える。あー、グミ食べたかったよ。帰りコンビニに寄って買っちゃお。私は少し残念そうな顔をした。 「冗談じゃん! はい、あげる。よく待てができました」 明日香がゲラゲラ笑いながら私の口にグミを3粒放り込んだ。じわっと口の中に味が広がる。んー!おいしっ。 「可愛いなあ」 2人揃って何言ってんだか。私は今グミに夢中なんだ。明日香と高橋くんにからかわれながら私はグミを食べ終えたと同時にチャイムが鳴り、先生が入ってくる。今日も長い一日が始まった。
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