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教室に入って自分の席に腰をかけると、同じサッカー部で前の席の中野が振り向いた。
「千秋おはよ!聞いてくれよ!俺実はさ、一目惚れしたんだ!」
(お前もか。)
そのワードは朝から2度目。今1番聞きたくないやつだ。
「だめだめ。千秋はそういうのとは無縁だから。サッカーと響子ちゃん一筋だもんな!」
朝練から一緒に戻ってきた隣の席の湯島がひらひらと顔の前で手を振る。千秋は振り返って眉間にシワを寄せた。
「だから響子はただの幼馴染みだって言ってんだろ。良い加減にしろよ。」
こういうやりとりも心底めんどくさかった。
小学校はクラスが1クラスしかなかった為に6年間クラス替えはなく、千秋の性格も響子との関係もみんなに知られていた。
だが近隣3つの小学校が同じ学区のこの中学で、千秋のクラスの同じ学校出身は女子しかいない。だからかクラスの男子には響子とのことを勘違いされ、他クラスの知りもしない女子から好意を寄せられる。
(同じ学校出身の男子が周りにいれば楽だったのに...。)
毎日無駄な労力を使いそれだけで疲れていた。好きでもない相手に好かれるのも、事情も知らずからかわれるのもうんざりしてしまう。
トントン。
その時、後ろから肩を叩かれた。振り返ると今朝家の前で会った顔があった。
「千秋、今日の夜そっち行っていい?千早兄いるかな?」
家が隣同士で、兄同士も同い年の金澤響子とは家族ぐるみの仲だ。男に囲まれて育ったせいか響子も小さい頃からサッカー好きで、中学に入ってからはマネージャーをしている。
響子には千秋以外誰も知らない秘密があった。
「...兄貴ねぇ。どうだろーな。」
千秋が口の端を上げると、響子はぷいっとそっぽを向いた。
「自分で聞くからいいよーだ。」
響子は3つ上の千秋の兄、和久井千早にずっと片思いをしている。もうずいぶん経つだろう。千早が家に彼女を連れてくるたびに千秋は散々愚痴と泣き言を聞かされてきた。千早は響子のことは妹のようにしか思っていない。本人もそう思われていることをわかっているようだがそれでも諦めない。大した根性だ。
この事を周りに言えれば響子と付き合っているなどという噂は一気に片付く。だが本人が全力で拒否をするものだから仕方ない。
だが言えない理由は他にもある。実は千秋も響子には弱みを握られていたのだ。
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