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「それで中野。お前の一目惚れの相手って誰だよ。」
湯島が興味津々に身を乗り出してニヤッと笑う。
「ほら!隣のクラスのマドンナ!」
「マドンナ?」
「隣のクラスのいつも窓からグラウンドを眺めてる子いるだろ?きっと俺を見てるんだよ。」
ーードクン。
気になるワードに千秋の胸が一瞬脈打った。カバンから教科書を取り出していた手が止まる。
「バカだな中野!彼女は運動部の中で密かに狙ってるやつが多い『高嶺の花』だぞ。お前なんて相手にされねーよ。」
千秋には“いつも窓からグラウンドを眺めている子”に心当たりがあった。しかし“高嶺の花”とは程遠い。なぜなら彼女は男並みによく食べる大食いでヘビも素手で掴む。よく転んで怪我をするおっちょこちょいだ。
「そいつって...」
「あ?千秋も興味あんのか?隣のクラスの間宮茜だよ!清楚で可憐!可愛いよなぁ。虫とかも触れなそう。そういえばお前、小学校一緒だよな?」
(...やっぱり。だが中野、お前は大きな勘違いをしている。間宮は虫も好きだ。お前の妄想と現実はかなり違うぞ。)
本当ならその間違いを正してあげた方が目が覚めるのだろうが間宮のことを悪く言うようなことになってしまう。
実は間宮とのことで千秋には1つ忘れられない記憶があった。
小学1年生の秋、男子にいじめられてイチョウの木の影に隠れて泣いていた女の子。それが彼女だ。
その時千秋は、衝動的に胸の底から『何か』がこみ上げてきて、なぜか気が付いたら間宮をかばって駆け寄っていた。頰に流れていた涙を拭った時の、柔らかい頰と暖かい雫のぬくもりは今も忘れない。
幼心に「この子を守りたい」と思った。間宮の為ならきっとなんでもできると。
あんな強い『衝動』を感じたのはあの時だけだった。
それから千秋はその存在がなんとなく気になるようになった。間宮が笑っているとなんとなく心の奥が温かくなる気がして、いじめられていると影で手を回しさりげなくやめさせたりもしてしまった。
しかし千秋にはその気持ちが何なのかなんてわからなかった。ただ弱いものを守りたくなる、そんなただの『正義感』なんだと思っていた。
周りの男子が間宮のことを好きだからと言って自分には関係ない。頭では千秋もわかっている。
だが胸の奥がざわつく妙な感覚が、不思議でならなかった。
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