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第2話:偽装恋人契約
町営バスは一時間に一本。都市部にあるようなショッピングセンターなんて夢のまた夢である草隠町もここ数年、車道がコンクリート舗装されたり、僅少ではあるが宿泊施設や土産屋が増えてきた。
それは全て、目の前にいる男が有名人になってくれたおかげだ。
冬馬は五年前、自社の広告モデルを務めたところをメディアに見出され、『イケメンすぎる社長』として一躍時の人となった。
その後、社長職と兼業で芸能界入りした冬馬は、持ち前の頭のよさによる的確な発言や豊富な話題、あとはたまに出す「東京は夜に懐中電灯を持たなくても歩ける」なんて田舎臭さを匂わす物言いなどで女性の注目を集め、一気に人気タレントへと成長。五年経った今もなお、移り変わりの激しい世界で華を咲かせ続けている。
そんな人気者が住んでいるおかげで、草隠町は少しずつだが観光業が潤ってきているというわけだ。
町の人間は、冬馬のことを草隠の宝だと言う。別に翔流は彼がそう呼ばれていることに嫌悪感を覚えないし、逆に同郷の彼が注目を浴び続けることを喜ばしく思っている。
だが、それとこれとでは話が違う。
「頭痛が痛い……」
翔流は薄茶色の猫毛を揺らしながら、がっくりと項垂れる。
本当なら今頃、自宅で冷たい麦茶の一杯でも飲んでいるはずなのに、何故自分は今、名物男の屋敷で熱い紅茶を前にしているのだ。
「頭痛は頭が痛いと書いて、頭痛と読む。その言い方では重複表現だ。お前はそんなことも分からないぐらい残念な頭なのか?」
きっとどれも高価であろう調度品に囲まれた洋風な部屋の中、気持ちがいいほど沈むソファーに座って苦みのない紅茶を飲んでいた冬馬が鼻で笑う。
どこかで、ブチっと何かが切れる音がした。
「てめぇのせいで混乱してるんだろうがっ! あんな大勢の記者の前で嘘吐いて、しかも拉致った挙げ句、『俺の恋人になる契約をしろ』だぁ? これに混乱しない奴がいるっつーなら、今すぐ連れてこい! 小一時間、膝を付き合わせて説教してやる!」
くっきりとした二重のアーモンドアイを釣り上げ、翔流は息継ぎなしで喚き散らす。
「ギャーギャーうるさい。俺の恋人なら、もっと清楚にして貰いたいものなんだが」
「うるさくて悪かったな! 静かな奴がいいなら、他探してこい。あと何当たり前のように恋人って言っちゃってんだよ! まだ誰も契約するなんて言ってないだろ!」
再度噛みついてやると、すぐに長い溜息が聞こえた。
「頭の弱さはこの一時間で十分理解したつもりだったが、まさかここまでとは……目鼻立ちのよさだけで選んだのは失敗だったか」
俺は触れたら震えるチワワが欲しかったのに、蓋を開けてみたらキャンキャン吠えまくる駄犬だったなんて。整った長い指で皺の寄った眉間を揉みながら、冬馬が後悔を並べる。
「よし、てめぇはよほど殴られたいと見た」
翔流はソファーから立ちあがると、利き手を挙げて拳を握った。
「別に殴ってもいいが、後で俺の会社とCMの契約先から莫大な損害賠償請求がくるぞ」
自分は社の広告塔であり、人気タレントでもある。そんな人間の顔や身体に傷をつけるというのなら相応の覚悟をしろと言われ、思わず身体が固まった。
翔流の家は両親が広い土地で農業をやっているものの、裕福とは言えない。いや、寧ろギリギリに近い生活をしている。翔流自身もそういった事情から、高校卒業後の進学を一年延ばし、専門学校へ行くための必要経費をアルバイトで稼いでいるのだ。こんな状態の自分に、賠償金なんて払えるはずがない。
「く……そっ……」
「分かったなら座れ。そうしたら否が応にでも俺と契約しなければならない理由を、説明してやる」
どこまでも上から目線に、また殴りたくなる衝動を抑え、ソファーに座り直す。
「……さっさと理由を説明しやがれ、このクソ暴君」
「暴君とは失礼だな……が、まぁいい。さっきマスコミの前で恋人宣言したことは理解しているな?」
「思い出したくもないけどな」
「あのカメラの中には、生放送中の番組のものもあった。つまりお前の顔が、テレビに映ったということだ」
「は? 嘘だろ。ってことは親父達や、バイト先の人が見たかもしれないってことかよ」
一時間前といえば、ちょうど昼の情報番組が放送されている時間だ。もしかしたらワイドショー好きの近所の主婦や、畑仕事が終わって一息ついている両親が見ていたかもしれない。
初めてテレビに映った息子が、男の恋人として紹介される。あんな姿を見た親は、どう思うだろう。翔流は想像して頭を抱えた。
「狭い視野で想像しているところを悪いが、あのカメラは全国放送のものだ。お前の家は勿論、北は北海道、南は沖縄、運がよければ離島の茶の間にも流れていただろう」
「運がいいとか言うな! 逆だ、逆…………へ? ちょっと待て、今、全国放送って……」
覚えず突っ込みを先に入れてしまったが、追うようにして理解が追いつく。
と、冬馬が不敵な笑みを浮かべた。
「簡単に言えば、あの宣言を日本中の人間が見たということだ」
「嘘……だろ……」
サーッと血の気が下がっていく。
「これで分かっただろう。いくら契約を突っぱねたところで、即座に否定しなかったお前の退路は既に断たれている。きっと今頃、多くの記者達がお前の自宅で待機していることだろう。その中に一人で飛びこんでいって、俺の宣言は嘘だったと説明することができるのか?」
「そ、れは……ちゃんと話せば……」
「甘いな。ああいった輩は、世間が騒ぐ話題しか求めていない。例えお前が真実を話したところで、言葉の端を切り取って都合よく解釈されたり、巧みな誘導尋問で思ってもいないことを話すよう仕向けられるだけだ」
芸能関係の記者には、嘘も真実もお構いなしという人間が多い。そして、さらにその秀逸ともいえる話術には、場慣れした大物芸能人でさえも時に言葉の選択に失敗するそうだ。
「奴等はしつこいぞ。きっとお前が根負けするまで毎日、朝から晩まで迷惑顧みず付きまとってくる」
これから起こるであろうことを事細かく説明され、翔流は目の前が真っ暗になった。
腹の底がどんどん冷えていく。唇と指先が勝手に震え、気がついたら恐怖に視界が滲んでいた。
「……っ……」
こんな身勝手で傲慢な男の前で、泣きたくなんかない。瞳を閉じ、必死に唇を噛んで漏れそうになる嗚咽を我慢する。すると、座っていたソファーに、ふと自分以外の重みが加わった。続けて、ふわりと頭を撫でられる。
「泣くな。別に、お前を不幸の沼に落とそうと思ってるわけじゃない」
そのまま緩い癖毛を梳くように撫でられ、優しい感触に顔を上げると、そこには翔流をバカにするものではない、至極真面目な顔があった。
「俺と契約すれば、お前のことは俺が守る」
「オレを……守る?」
「ああ。記者なんて一切近づけないし、お前の生活や人生も悪い方向に向かわせない」
こちらを真っ直ぐ見ながら語られた言葉は、何故か酷く頼りがいのあるものに聞こえた。
ただ、だからといって簡単に信じるわけにはいかない。
「……男の恋人になった時点で、悪い方に向かってるじゃねーかよ……」
「心配するな。恋人になるのはほんの数ヶ月だけで、契約終了時にはお前に一切迷惑をかけない形で関係を終わらせたことを発表するし、信用も回復させる。無論、その時には相応の謝礼も用意しよう」
「終わらせることなんて……できるのか?」
「俺はできないことは口にしない」
不安を見せる翔流に、絶対の自信を見せて頷く。その姿に小さくだが、心が揺れた。
この男はこんな田舎町に本社を置き、日本では敬遠されがちな男性用化粧品を主力商品としながらも見事に大成功をおさめた人間だ。タレント業だって安定させている。
そんな実績があるからだろうか、冬馬に大丈夫だと言われると、証拠なんて何もないのに一度ぐらい信じてみてもいいかもしれないなんて思ってしまう。
「そういや肝心なこと聞いてなかったんだけどさ、お前って何で男を恋人にしようなんて思ったんだ?」
「それはそっちが頷いたら、いくらでも教えてやる」
「ちぇ、抜かりねぇな。でもまぁ、それだけお前も慎重ってことか」
有名人が同性愛を世間に公表するなんて、言ってみれば一か八かの博打だ。それを打って出るとなれば、最大限の警戒が必要になってくるだろう。冬馬はそういった部分も、きちんと考えた行動をしている。こちらに向けた態度から男の用心深さを感じ取った翔流は、不安どころか逆に感心を覚えた。
「……ったく、分かったよ、オレだってこのまま人生詰むわけにもいかねぇから、その恋人になる契約してやるよ」
「何だ、今まで嫌がってたのに、どういう心境の変化だ?」
「別に深い意味はねぇよ。ここまで来ちまったら、どうしようもないって思っただけ。それに……まぁ、お前は世間に認められてる人間だし、下手に信用を失うようなことはできないんじゃないかって」
無論、確証なんてない。だがどの道、一般人である自分にできることがないなら、冬馬に任せて事態を沈静化してもらったほうが利口だ。翔流はそう結論を出したのだと告げる。
「いい判断だ。その言葉に二言はないな?」
「ねぇよ」
「よし、ならば早速契約書にサインをして貰おう――――梶浦」
翔流の返答を聞き、満足そうに頷いた冬馬が部屋の外に向かって声をかける。するとずっと扉の前で待ち構えていたのか、数秒もないうちに細身のスーツを綺麗に着こなした男が入ってきた。
フレームレスの眼鏡から覗いた涼しげな目元に、やや無表情で感情が読みづらいながらも知性が滲み出ている容貌。濡羽色の髪は、整髪料できっちり固められている。冬馬も端正な顔立ちをしているが、梶浦と呼ばれた男も十分負けていない。
彼も芸能関係者だろうか。見つめていると、考えを読んだ冬馬が男の説明を始めた。
「彼は梶浦悠生。俺の秘書で信頼できる男だ」
「へぇ……お前と同じ芸能人かと思った」
ポツリと零すと、忽ち梶浦が眉を顰めた。どうやら冬馬に対して『お前』と言ったことが気に入らないらしい。ありありと書かれた表情から感じ取った翔流は双肩を竦めた。
「お呼びでしょうか、冬馬様」
「交渉が成立した。契約書を出してくれ」
「…………かしこまりました」
冬馬に頼まれた梶浦が、言われたとおりに持っていた複数枚の書類をテーブルに並べる。
「こちらが契約書となります。全てに目を通して頂いて、納得されましたらサインをお書き下さい」
「あ……はい」
何だろうか、この圧力は。梶浦から発せられる圧迫感もそうだが、契約書と言われるとただの紙なのに、やけに緊張してしまう。
と、やにわに冬馬が話しかけてきた。
「さっき、俺に何故男を恋人にしようと思ったか聞いただろう?」
「え? うん」
「一番の理由は我が社が次に売り出す新商品の戦略で、もう一つが……女除けだ」
「女除けって、お前、もしかして本当に男好きだったの?」
だったら契約を留まらなければ、と翔流は警戒心を出す。
「違う。俺は歴とした異性愛者だ。だが俺のような仕事をしていると金目当ての人間や、わざと女性を近づけてスキャンダルを作ろうと企む輩ばかり近づいてくる。そういった人間への対抗策だと思ってもらっていい」
今の日本は出る杭を打たれるかのごとく、成功者は常に嫉妬され、罠を仕掛けられる。この五年、ずっとそういった人間達と向き合ってきた冬馬は、今回の偽装恋人計画で醜聞の原因となりうる要因を遠ざけようと考えたらしい。
「いやいやいや、対策って、男と付き合うって方がかなりスキャンダルじゃね?」
「普通に考えれば、な。だがこれが戦略となれば意味は違ってくる。いいか、もしお前がテレビで芸能人の熱愛報道を見たとする。その相手が異性だった場合と、同性だった場合、どちらに興味を引かれる?」
「そ……れは、多分同性かな。珍しいし……」
「だからこそ『戦略』になるんだ」
人間はリスクの高いものに関心を引かれる。そういった注目がこちらに向いている時に適切な情報を提供し、感情の流れを操作すれば、どれだけ分の悪い状況でも勝機を手にすることができるのだと冬馬は語った。
「俺は今回の計画で、より多くの顧客を獲得するつもりだ。そして、それと同時に頭の痛い女性問題も解決させる」
「ふーん。商品戦略とか細かいことは分かんないけど、でもさ、そんなことしたら将来本当に好きな女の人ができた時に困らねぇ?」
「その時はその時の時勢を読んで、最適な解決方法を見つければいい。俺に不可能はない」
だからこそ、今は次の新商品プロジェクトの成功を第一に考えるのだと言い切る。
「お前って、すげぇ度胸あるのな」
新商品を成功させるためなら、世間から同性愛者だと言われても構わない。翔流は冬馬の覚悟と仕事にかける情熱に圧倒された。自分は仕事のために、ここまでできるだろうか。
「ってか、この契約したら、オレもお前の仕事を手伝う人間の一人になるってことかぁ」
「まぁ、そうなるな」
草隠町を代表する男の仕事を手伝う。何だか自分も凄いことをする人間になれるような気がして、少しだけ気分が上がった。
「契約って、ここにサインするだけでよかったっけ?」
置いてあるペンを取り、翔流は指定された場所に自分の名前を躊躇いなく書く。
「おい、契約内容を読まないでいいのか?」
「読んだって読まなくたって、契約することに変わりねぇんだろ」
「だが、読んでみて改善を希望する部分が出てくるかもしれないぞ」
「別にいいよ。オレ、ゲームでも説明書とか読むの苦手だし。読んでも分からないと思うから。だから、もしオレが何かマズいことしそうになったら、その都度注意しろよ。それぐらいはしてくれてもいいだろ?」
「それは構わないが……」
あっけらかんとしている翔流を前に、冬馬は本当にいいのかと表情を固くする。
「契約者がいいって言ってるんだから、いいんだよ」
ハイ、とサインした契約書を渡した。
「意外に男らしいな」
契約書を受け取った冬馬が、クスリと笑う。
「よし、では契約完了ということで、今からお前は俺の恋人だ」
恋人。何だかむず痒い響きだ。翔流が乾いた笑いを浮かべていると、不意に冬馬に指で顎を持ち上げられ、強引に上を向かされる。
「え、何だ……んっ……!」
直後、唇に柔らかな感触が当たった。
これは一体、何だろう。驚愕に石となった翔流だったが、そのうちに生温かくて弾力のあるものが唇を割って中に侵入してきたところで、これがキスなのだと悟った。
「うっ、ん…………っぷはっ、ちょっ、何すんだよ!」
慌てふためきながら両手で冬馬の胸を押し、退ける。
まさか恋人契約をした途端に、唇を奪われるなんて思ってもいなかった。
「見ての通りのものだが?」
「そういうの聞いてんじゃねぇよ。オレは何でキスなんかしたんだって聞いてるんだ!」
「恋人ならこれぐらい普通だろう」
「だとしても、ここでする必要ないだろ!」
これが冬馬の仕事のために必要だというなら多少は我慢するが、契約を知る人間しかいない場所でなんて、やるだけ損だ。そう主張すると、冬馬は首を大きく横に振った。
「悪いが俺は中途半端が大嫌いだ。例え偽装でも本当の恋人のつもりでお前と付き合っていく。それこそ自分すら騙すぐらい本気でな」
だから二人きりの時でも恋人のように扱うと、目前の美丈夫が断言する。
「分かったなら、早く慣れろ――――翔流」
今まで『お前』だった呼び方が、名前呼びに変わる。たったそれだけなのに、冬馬の本気がひしひしと伝わってきて、恐怖を感じた。
自分は、この男の計画についていけるのだろうか。緊張の面持ちで息を呑んでいると、再び冬馬の顔が近づいてきた。
「わっ!」
またキスされると直感した翔流は風のような早さで身体を引き、立ちあがって足早に部屋の出口へと走る。
「待て、どこへ行く?」
「いやー、えっと、ほら! 今回は突然のことだったしぃ? 親やバイト先に色々報告しなきゃいけないだろ? だから一度家に帰ろうと思ってぇ?」
上擦った声で言い訳を繕う。が、今の翔流は、誰が見ても逃げているようにしか見えないだろう。それは分かっていたが、どうしても心臓を落ち着かせるために一人になりたかった。
「お逃げになりたい気持ちは理解できますが、まだマスコミへの対応が終わってません。今、屋敷の外には多くの記者が貴方の登場を待っていますので、出られないのが賢明かと」
しかし、いつの間にか横に立っていた梶浦によって、あっさりと阻止されてしまう。
「マジかよ! じゃあオレ、どうやって家に帰ればいいんだっ?」
「安心しろ、翔流の親とバイト先には俺から話しておく。ついでに生活に必要なものも用意するから、書き出しておけ」
後を追って扉まで歩いてきた冬馬が、不安を露わにする翔流の頭を撫でる。
「生活に必要なものって?」
「無論、この屋敷で暮らすためのものだ」
「はぁ? オレ、ここで暮らすのっ?」
「ここなら記者も入って来られないし、何かあってもすぐに対処できるからな」
それに一緒に暮らすことは契約書に書いてあったと言われ、今度こそ何も言えなくなる。
何故あの時、契約書を読まなかったのだ。翔流は早速後悔する。
「では俺は各所への説明に回ってくる。梶浦、翔流のことを頼めるか?」
「畏まりました」
撃沈している翔流を置いて、二人が今後のことについて話し合う。そして、それが終わった後、翔流は再び名を呼ばれ、指を救い取られた。
「じゃあ、行ってくる」
そのまま指にキスを落とされ、翔流はまた身体を固めた。やはり慣れることはできない。
「い……って、ら……しゃいマセ」
錆びた機械のようにぎこちない動きで手を振り、冬馬を見送る。
それから訪れたのは、今までの騒がしさが嘘かのような静寂だった。その中で隣にいた梶浦から声をかけられる。
「神尾翔流君、でしたね?」
「あ、は……い」
呼ばれて視線を向けると、冷たい目がこちらを見ていた。
「先程聞かれたとおり、これから貴方はここで暮らすことになります。なるべく不自由ないよう配慮しますので、何かあったら仰って下さい」
「わ、かりました……」
普通にこれからのことを説明してくれているだけなのに、身体が勝手に強張る。多分、本能が梶浦の淡泊さに苦手意識を抱いているからだろう。
だが、その直感は当たっていた。
「それと……冬馬様は経営に芸能活動にとお忙しい方なので、あまり貴方の出番はないかもしれません。ですが契約期間中は一切気を抜かないよう、お願いします。くれぐれも――――身勝手な行動をして、冬馬様に迷惑をかけないように」
氷刃のごとき双眸が、さらに鋭いものに変わる。まるで視線だけで壁に穴が開きそうだ。
これは、完全なる威嚇。恐らく梶浦は翔流のことを快く思っていないどころか、 冬馬の権威を脅かすかもしれない存在として酷く嫌厭している。すぐに悟った翔流は、相手に聞こえないよう息を飲みこんだ。
外はサッカーで例えるところのアウェーだが、この無駄に煌びやかな西洋風の豪邸の中にも安らげる場所はない。はっきりいって巻きこまれて迷惑しているのはこっちだというのに、こんな悪条件が揃った場所で暮らさなければいけないだなんて。
翔流はお先の真っ暗さに、頭を垂らすことしかできなかった。
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