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第4話:貪欲なまでの完璧主義者
翔流の提案した『普通のデート』は、滞りなく終わった。
デート代は全て冬馬持ちと、男として少し情けない気分にはなったものの、ショップでお互いに似合いそうな服を探し合ったり、プロジェクションマッピングを利用したデジタルアートを見たり、体験型の謎解きアトラクションに挑戦したり、と二人共に充実した時間を過ごせたのではないかと思う。
特に知識の豊富さが試される謎解きゲームなどは頭のいい冬馬も気に入ったのか、偽装恋愛のためのデートだということを忘れて真剣に問題に集中していたぐらいだ。
冬馬はやはり普通と少し感覚がずれているところもあるけれど、大体の話題は理解してくれるし、翔流しか知らない話には真剣に耳を傾けてくれた。逆に翔流の分からない経営の話や、芸能界での体験談などを分かりやすく説明して楽しませてもくれた。
最初は二人に共通する話なんてないかもしれないと危惧していたが、これなら思っていたよりも大丈夫そうだ。
「それで、ここは誰んちなんだ?」
デートが終わり、そろそろ帰ろうかという話になった頃、冬馬から唐突に「行きたい所がある」と言われてやってきたのは、駅前の一等地に建つ高層マンションの最上階だった。
最上階のワンフロア全てが一部屋になっているこの部屋は、物件の価値が分からない翔流でもお高いものだと分かる。
「俺のセカンドハウスだ。帰りが遅くなった時や、早い時間の電車に乗らなければならない時に使ってる」
草隠町から都内までは電車を乗り継いで二時間ほどかかるが、このマンションからなら一時間もかからずに行くことができる。多忙な冬馬には必要なものなのだろう。
しかし、翔流はすぐに効率の悪さに気づいた。セカンドハウスなら、こんな中途半端な場所ではなく、都内で用意すればいいものを。
ただ、そこまで考えたところで、すぐに疑問は解決した。
「本当、冬馬ってキングオブ草隠バカだな」
セカンドハウスすら、草隠町に近い方がいいなんて。
「郷土愛が強いと言え」
「はいはい分かった。で、ここで何すんだ?」
「ああ、そうだった。そろそろ時間だな……、とりあえず、ついてこい」
言われて冬馬に着いていく。そうして辿り着いたのは、十畳はあると思われる広さのバスルームだった。
マーブル模様の大理石が敷き詰められた床に、全てがガラスで作られた洗面台。その美しさに圧倒されながら脱衣所を進むと、ガラスの扉の奥には気持ちよさそうな湯気を立てたジェットバスが三段ほど高い場所に置かれていた。
「うわ、すげぇ! 風呂が階段の上にある! しかも、窓から夜景が見渡せるじゃん!」
深めのラウンドタイプになっている浴槽の奥には、天井までの一面全てが窓になっていて、街を見下ろせるようになっている。しかも周囲にはこのマンション以上に高い建物がないため、視界を邪魔するものがない。
服のままで入ってきた翔流は湯に濡れないよう気をつけながら、窓の外を見る。数十メートル下に広がる街の光は、まるで無数のジュエリーが詰められた宝石箱みたいだ。
「マジでどっかのリゾートみたいだな。でもどうして、ここに?」
「無論、入るからに決まってるだろう」
「…………は?」
当然のように言い放って服を脱ぎ始める冬馬を前に立ち尽くし、翔流はそのまま暴君のストリップショーを見つめる。
「何をしてる? 翔流もさっさと脱げ」
「え、まさか二人で風呂に入るの?」
「この広さなら、無理ではないはずだ」
確かに目の前にある浴槽は大きく、男が並んで入っても窮屈ではない。が、今聞きたいのは、そういう話ではない。
「なぁ、別に一人一人、順番に入ればいいんじゃないか?」
「恋人同士なんだから、二人で入っても構わないだろう」
「あ、もしかして、これってあれか。『嘘をつくなら自分すら騙すつもり』ってやつ」
先日、契約を交わした時に冬馬が言っていた言葉を思い出し、聞いてみる。すると、そうだ、という返答がすぐに戻ってきた。
「冬馬って本当にクソ真面目だな……」
初めてキスした時もそうだった。きっと元から頑固な性格なのだろう。翔流は上半身裸になった男を見ながら抵抗するだけ無駄と溜息を吐いた。
「ん、まぁ風呂ぐらいならいいか」
これも契約事項のうちの一つ。そう自分に言い聞かせ、気持ちを切り替えながら服を脱ぎ捨てる。
「じゃあ、失礼しますっと」
裸となった翔流は浴槽の中へ入るやいなや、すぐに窓際へと足を進めた。
「しっかし、風呂から街の夜景が見渡せるとか、すげぇな」
「おい、あまりはしゃぐな。滑って転んで沈んでも知らんぞ」
「大丈夫だよ。あ、っと、でも、あまり乗り出したら、外から丸見えになっちまうか」
「それなら心配は無用だ。浴室の窓は全て特殊ガラスだから室内は見えにくくなってるし、万が一見えたとしても、この中の状態を撮影するにはヘリが必要だ」
いくらこの浴室に防音対策がされていて外の音が届かないとはいえ、ヘリコプターが近づいてくれば、さすがに気づく。タオルで腰元を隠そうとする翔流に向かってそう説明した冬馬は、少しも気にする様子なく湯の中で寛いでいた。
まぁ、部屋の主がそう言っているのなら、大丈夫なのだろう。翔流が納得していると、やにわにミネラルウォーターの入ったペットボトルを差し出された。
「これを」
「ん? え、何で水?」
容器の表面が白くなるほど冷えた水を受け取るも、意図が分からず首を傾げる。すると冬馬は何かを含んだ笑いを浮かべ、手に取ったリモコンでバスルームの照明を消した。
一瞬で、周囲が暗闇に包まれる。
「おい、電気消したら危ないだろ?」
「少しの間だ、すぐに明るくなる」
言葉の終わりが先だったか、事が起きるのが先だったか。冬馬の言葉とほぼ同時に、突然浴室内が色とりどりの光に包まれた。
遠くの方で、ドーンという音が微かに響く。
「うわっ、びっくりした……花火っ?」
驚いて窓の方に再度視線を向ける。その先には、空一面を覆い尽くしてしまうほどの大きな花火が何十発と打ち上げられていた。
「近くの港で夏祭りがやってるそうだ。ここなら視界を遮るものもないし、人波に揉まれることもないから快適だろうと思ってな」
確かに、ここなら浴室用のクーラーも効いているし、喉を潤すものがあるから長く入っていても苦しくない。花火を見るにあたって最高の場所だ。
「うん、すげぇ快適。こんな特等席で花火鑑賞すんの初めてだよ!」
浴槽の縁に身体を預けながら、真っ直ぐ先の夜空で咲く多彩な大輪を見つめる。幼い頃、父に肩車をされながら美しい花を見た記憶はあるが、それは真下から見たものだったし、高校時代に行った夏祭りでは人波に流されて花火どころではなかった。
「ありがとな、ここに連れてきてくれて」
礼を言うと、花火の光に照らされた男が何故か安堵の表情を浮かべた。
「何でそんな安心したような顔すんだよ? もっと自慢気な顔すればいいじゃん」
「いや、昼のデートプランが失敗だったからな……この花火鑑賞も駄目出しされるんじゃないかと、少し心配してたんだ」
どうやら冬馬は昼からずっと気にしていたらしい。こんな図体の大きな男でも、可愛いところがあるではないか。翔流から自然と柔らかな笑みが零れる。
「大丈夫だよ、だってこれは冬馬が自分で考えて動いたプランなんだろ?」
「勿論そうだが、昼のものだって俺が考えたものだぞ」
「あれは少女漫画の受け売りで、しかも金任せだから駄目なんだよ。でもこれは冬馬がちゃんと夏祭りの花火のことを調べて、時間に合うようにこの部屋に着いて、最高の状態で鑑賞ができるようにしてくれただろ?」
大切なのは恋人に対していくら使ったかではなく、どれだけ気持ちを注いだかが重要だと翔流は説明する。
「なるほど……まだまだ恋愛に関しては、翔流に勝てそうにないな」
「一つぐらい弱いところがあるほうが、人間味が増していいんじゃねぇの? それでなくても完璧主義者ってお堅いイメージついてるんだし」
仕事は常に完璧にこなし、失敗しない。プライベートでも時間があれば勉学に手をつける。そんな冬馬のことを『貪欲なまでの完璧主義者』だと、ドキュメント番組のナレーターが言っていた。
何に対しても完全を求めることはいいことだ。でも、そんな人間に可愛い弱点があることが分かれば、またそれも人気に繋がるにちがいない。今度、次の戦略に使ってみては、と冬馬に言ってみようか。そんなことを考えていた時、ふと脳裏にある光景が過った。
「あ、完璧といえば……」
「どうした?」
「なぁ、花火とは関係ない話なんだけどさ、屋敷の庭に使われてない菜園あるだろ?」
翔流は先日、広い屋敷の南側で十メートル四方の菜園を見つけた。大きさからある程度の知識を持った人間が管理していたものだというのがすぐに分かったが、それよりも気になったのは菜園の状態の方だった。
「どうして、あそこだけ全く手入れされてないんだ?」
見つけた菜園は、暮らし始めたばかりの人間が見ても異様なほど廃れていたのだ。
もしかしたら管理者が野菜作りに飽きてしまったとも思ったが、それならば冬馬が綺麗に整備してしまうはず。
「ああ、あそこか……」
問われた冬馬は、言葉を選ぶかのように考える様子を見せながら答えを返してきた。
「あの菜園には昔、色々な野菜が植えられていたんだが、管理者がいなくなってから触る人間がいなくなってな……」
「じゃあ一度更地に戻せばいいじゃん。あんな風に置いておくの、何か冬馬らしくなくないか?」
「いや、せっかくあるものだから、いつかは再生させたいと思ってはいるんだが、どうやら俺は野菜を育てるのが苦手らしくて……」
これまで何度か苗を植えてみたものの、全て枯れてしまったのだという。
どうやら恋愛以外にも苦手なものがあるらしい。また一つ冬馬の弱点を見つけて、親近感を覚える。
「じゃあさ、あの菜園オレが触ってもいい?」
それは荒れた土を見た時、一番に思ったことだった。
「ほら、うちの両親って農家で野菜作ってるから、オレも土弄りぐらいはできるし。……とは言っても、絶対に再生させるから安心しろ、なんて大口は叩けないレベルだけど」
確固たる自信はないが、それ以上にずっと親の畑を見てきた翔流にとって、瑞々しい野菜が並ぶはずの場所に何もないことが寂しく見えて、どうにかしたいという気持ちをおさえられなかった。
「何だか、あのままにしておきたくなくってさ。ダメかな?」
「いいや、そんなことはない。荒れたままで置いておくよりは、誰かに触ってもらったほうがいいだろう」
例え菜園を再生できなくても怒ることはしないし、逆に自分が不在の間、翔流が退屈な思いをしないで済むようになるならその方がいいと、冬馬は穏やかな表情を浮かべながら言ってくれる。
最初に菜園の話題を振った時、戸惑いが見られたからもしかして触れられたくないものかとも思ったが、別にそういうわけではないらしい。
「必要なものがあったら、俺か梶浦に言ってくれれば用意する」
「ありがと。じゃあオレ、頑張ってみるわ」
冬馬から許しを得た翔流は、ワクワクとした気持ちで菜園の再生計画を頭に浮かべる。
さて、一先ず何から始めよう。土のことを父に聞いて、それから肥料の用意をして、と花火を見ながら手順を考えていると――――。
「ん……?」
不意に何かが臀部に触れた。
一瞬、気のせいかとも思ったが、変わらない感触に振り向く。と、いつの間にか背後まで来ていた冬馬の手が翔流の尻に伸びている様子が目に映った。
「なぁ……何でソコ、触ってんの?」
冬馬の行動が全く読めない翔流は、風呂の縁に預けていた身体を起こし、少し横へとずれる。しかし臀部に触れていた手が離れたのも束の間、翔流の裸身はあっという間に背後から伸びてきた冬馬の長い腕の中に閉じこめられた。
「ちょっ、な、何して……」
「そんなこと、わざわざ言葉にしなくても分かるだろう?」
「いや、分かんないけど……」
「はぁ……恋人同士が裸になってする行為と言ったら?」
「へ……?」
冬馬の言葉が頭を通り抜けた瞬間、翔流はただただ呆然とすることしかできなかった。
自分は今、諸々の理由で男の恋人をやっているが、一応はどこにでもいる十九歳の一般男子だ。故に、ごく普通の恋愛知識は心得ている。その知識情報で冬馬が放った言葉の意味を解読すると、とんでもない答えが出てくるのだが、ここは黙って知らぬ振りをしたほうがいいのだろうか。
――――したほうがいいだろう。
「ごめん、何言ってるのか全く分からな……」
頭の中だけで自己完結させ、気づかない振りを決めこもうとする。
しかし、その作戦は男の骨張った手によって下腹部の大切な部分を弄られたことにより全てが無駄に終わった。
「ぎゃあ! 何してんだよ! どこ触ってんだよ! 何でオレが冬馬とセックスなんてしなきゃいけないんだよ!」
自分で答えを吐き出したことにすら気づかず、翔流は声を荒げる。
けれど、当人は当然だという顔で翔流の肉芯を揉むばかり。どうにか逃げようとするも、がっちりと逞しい片腕で抱きこまれているため、振り解くことができなかった。
せめてもの抵抗と、翔流の剥き出しの性器を弄ぶ男の手を押さえる。すると、背後で冬馬が不服そうな声を漏らした。
「何故、止める?」
「オレに問う前に、今、お前がしようとしてることが異常だということに気づけ!」
「異常なことなどしていない。恋人同士でいい雰囲気になったらセックスをする。そう指南書に書いてあった」
だから自分のしていることは正しいと、冬馬は意志を曲げない。
正直、物凄く厄介だ。
「また指南書かよ! いくら本に書いてあったからって、そこまでする必要ねぇだろ!」
「全く……そういう考えが隙を生むことになるんだ。いいか、昔ならともかく、今の時代は恋人同士がセックスをするのは当然のことだと考える人間が多い。それなのに経験がなければ、俺達の関係を怪しまれるだろう」
「そんなの、上手く誤魔化せばいいじゃんか」
嘘を見破られないためだけに男同士でセックスをするなんて、承諾できるわけがない。断固として拒絶したい翔流だったが、冬馬も諦める男ではなかった。
「男同士のセックスがどんなものか知らない人間が、どう上手く誤魔化せるというんだ。それとも翔流には、万人を納得させるだけの言い訳でもあるのか?」
「そ、れは……」
「もし翔流が隙のない答えを教えてくれるというなら、俺も今回は引き下がろう」
そう言われ、焦りながらも必死に頭を捻る。けれど冬馬を納得させる回答なんて、まるで浮かばなかった。
それでも何とかして答えを提示しなければ、この男は諦めない。一体どうすればいいのだ。
「翔流」
低く響く声で名を呼ばれる。
それだけで悟ってしまった。自分に逃げ道がないことを。そして冬馬が翔流の敗北に気づいていることを。
「もう分かってるだろう? 俺が目的のためなら一切妥協しない人間だということを」
言い渡されたのは、残酷な最終通告だった。
温かな湯の中にいるというのに、全身に寒気が走る。
「で、も……」
「翔流」
「や、ホント、怖いんだって……」
男同士のセックスではどこを使うかぐらいなら知っているが、どんなものかは知らない。当たり前だ、これまでの人生の中にそんな情報など必要なかったのだから。そんな人間にセックスを怖がるなという方がおかしい。
未知の恐怖に翔流が身体を震わせていると、ふと頭を柔らかく撫でられた。
「落ち着け。別に俺は翔流に痛い思いをさせるつもりはない。俺はただ翔流と一緒に気持ちよくなろうとしているだけだ」
「気持ち、よく……」
「そうだ、翔流も気持ちいいことなら、嫌じゃないだろ?」
「そりゃ……そうだけど、気持ちいいかどうかなんて、オレも冬馬も未経験だから分かんないじゃん」
もしかしたら冬馬が言うように、気持ちのいい行為かもしれない。だが、その逆だって十分有り得る。もしも、ものすごく痛かったり、苦しかったりしたら。そう考えるとやはり不安は拭えなかった。
「確かに今の俺には、こうだ、と言い切る資格はない。だが、翔流を気持ちよくさせる自信はある」
「何でそうやって言いきれるんだよ」
「俺が行き当たりばったりで、こんなことをすると思うか? ちゃんと今日までに同性間のセックスの専用指南書を十冊ほど読んだし、その手のDVDも二十枚は見た。経験のある人間に話を聞いて、必要な物も全て揃えた」
翔流を傷つけることがないよう、二人で快楽を得られるよう、人事を尽くしたと冬馬は断言する。
「その上でもし少しでも翔流に辛い思いをさせたら、すぐにやめる。だから、一度だけ俺に挑戦させて貰えないか?」
苦痛かどうかの判断は、翔流がしていい。それならいいだろう、と冬馬が提案を持ちかけてくる。
その言葉に、翔流の心が僅かに動いた。
本来なら、自分は拒絶できない立場だ。それなのに冬馬はここまで譲歩してくれた。睡眠時間を削るほど忙しいくせに、翔流のために多くの時間を割いて今夜に挑んでくれた。
そこまでの誠意に、自分も応えるべきなのだろうか。
「本当に辛かったら……やめてくれるか?」
「それは約束する。もし破ったら、今後一切、翔流に触れないという誓約書も書こう」
「…………分かった……なら、頑張る」
恐怖で逃げ出したい気持ちが今にも溢れそうだったが、何とか勇気を振り絞って頷く。すると冬馬に深く抱き締められた。
「よく、決断してくれたな。……ありがとう」
耳元で優しく、そして甘く囁かれる。と、先程よりも恐怖と混乱が不思議と治まった。
自分は思った以上に単純だ。
「それで……オレは何すればいい?」
「まずは、そこへ座って」
指定されたのは浴槽の淵だった。そこは淵の部分が窓まで繋がっているため広く、翔流でも悠々と座ることができる。
「これでいい?」
「ああ。そしたら足を開いて」
「あ、足っ? 一体、今から何するんだよ」
「開いてみれば分かる」
と、簡単に言ってくれるが全裸の状態で足を開くなんて、大抵の人間は躊躇するもの。例外に漏れず翔流も難色を示すが、いつまでも行動に移さないことに業を煮やして腰を落とした冬馬の手によって強引に開かされた。
しかも開かされたと同時に男の大切な部分を指で持ち上げられ、そのまま口に含まれる。
「ちょ、何……うわぁ!」
一体、自分の急所はどうなるのだ。不安に声を上げた翔流だったが、湯の温度で柔らかくなった亀頭を舌でなぞられた瞬間に、それがフェラチオだということにやっと気づいた。
男にとってそれは夢とも言われる行為だが、まさか同じ男にされるなんて逆に夢にも思わなかった。しかし悲しいかな、最高だという噂どおり、翔流の抵抗は滑らかな舌の感覚によって呆気なく散らされる。
「や、冬……馬、これ、ダメだって……」
どうにか一度離れて欲しいと冬馬の頭を退かせようとするが、たっぷりの唾液を含んだ口腔で亀頭を舐め回され、陰嚢を真綿に触れるかのように揉まれる度に指が奮え、願いどおりにならない。
「ダメという割には、気持ちよさそうな声が出てるぞ」
一度肉芯から口を離し、こちらを見上げて翔流の反応を楽しむ。室内は今もなお電気が消されたままだが、花火が上がる度に満足そうに笑う冬馬の顔がはっきりと浮かぶため、居たたまれない気持ちにさせられた。
「俺も未経験だが、指南書によると陰茎と陰嚢を同時に刺激すると、一番気持ちがいいそうだ」
そんな情報いらない。いや、いるかもしれないけど男からは聞きたくない。翔流はやるせなく項垂れるが、肉芯と陰茎を口腔と舌の全てを使って扱かれると、すぐにまた快感に支配され、余裕を奪われる。
「ん……やべ、冬馬、オレそろそろ……」
普段、自分で慰めている時はもっと時間がかかるのに、今日は随分早い。人にされているせいもあるが、多分冬馬の舌遣いが上手いからだろう。指南書の解説のみでここまで仕上げてくるなんて、末恐ろしい奴だと思った。
「出そうなら、一度出しておけ」
「まさかと思うけど、出すとこ見るとか……」
「そのまさかを、俺は当たり前のことだと考えているが?」
「ってか、オレの咥えながら喋っ……な……」
冬馬の唇が動く度に刺激が強くなって、翔流を焦らせる。できれば、というが出すところなんて絶対に見られたくない。なのに一番気持ちのいいところを揉みほぐす指の力は強く、そして早くなって――――。
「ん、あ、っ……はぁっん!」
浴室内に、生まれて初めて出した高い声が響き渡った。
ビクンと下腹部が覚えのある痙攣をみせ、内側から熱いものが込み上がってくる。こうなってしまえばもう止めることなどできず、翔流は男の手によって快楽の階段を頂点まで登らされてしまった。
「はぁ……はぁ……」
「思ったよりも早かったが、まぁまぁ可愛い声だったな」
卑猥な雫で濡れた口元をニヤつかせ、冬馬が聞きたくもない感想を述べてくる。
「な、何が可愛いだ! それとオレが気にしてたところを先に言うな!」
精を放ち終わり、漸く余裕を取り戻せた翔流は涙目になりながら叫んだ。恥ずかしいところや達するところも見られた上、早くて可愛い声だなどと畳みかけられ、男としての自尊心はボロボロだ。
「オレのことこんな風に苛めて楽しむなんて、最低だ……」
冬馬が暴君だということは知っているが、サディストの気もあるとは。翔流は眦の先に涙を溜めながらじっとりと睨む。
「別に苛めているつもりはない。それに、翔流だって気持ちよかっただろう?」
「そりゃ、……誰だってフェラされたら気持ちいいし……」
「フェラチオは誰にだってできるものじゃない。相手を心から愛おしいと思い、かつ何でもしてやりたいという気持ちがなければ男女間でも成立しないものだ」
つまり翔流の性器を咥えた冬馬は、相手に十分心を尽くしているということ。理論的に言えば確かにそうだが、それを口に出して説明する辺り、初心者臭がプンプンする。
「……冬馬の愛は分かったから、もういいよ……さっさと次、行こうぜ」
ここで話しこんでも時間を費やすだけで、肝心のセックスが終わらなくなる。タイムオーバーでまた今度という話になるなら全力で会話を続けさせてもらうが、冬馬相手だとそうならない。ならばさっさと終わらせたい。
「なら次は身体の向きを逆にして……俺に背を向ける形になってくれ」
「はいはい……」
吐精の気だるさも少し抜けはじめ、楽に動けるようになった翔流は言われたとおりにする。その時、ふと視界の端に映ったミネラルウォーターを手に取り口に運んだ。
やはり空調が管理された浴室といっても、喉は渇くものだ。冷えた水はそんな喉にちょうどよくて、翔流はゴクゴクと一気に飲み干した。
これで気分もすっきり。そう思った瞬間。
「う、ひゃぁぁ!」
湯から出ている臀部に、突然冷たい液体のようなものをかけられ、翔流は驚きのあまり持っていたボトルを手放した。
「冬馬、お前何すんだよ、びっくりすんじゃねぇか。ってか何だよ、これ!」
怒りながら首だけ動かしてかけられた液体の正体を確認すると、臀部全体が薄ピンクに染まっていた。一瞬、危ない薬品ではないかと恐ろしさを覚えたが、液体がかかっている部分に痛みや痒みは感じない。
「セックス用のローションだ。体内に入っても害のないものだから、安心しろ」
冬馬が掌全体で肌の上のローションを混ぜる。しかし、やや粘度が高いものなのか、掌と肌の間に厚い膜が挟まっているような感じがして触れられている感覚がしない。
が、それもほんの数秒のことだった。手の腹で撫で回しているうちに液体が温まり、サラサラとしたものになる。そして完全にローションという名にふさわしい粘度になると、そのドロリとしたものを指に絡ませた冬馬が双丘の間へと滑らせた。
指先が向かう場所はただ一つ。
「んっ……」
やはり知識的に分かっていたといえども、自分でもほぼ触れたことのない場所を他人に触れられるのは怖い。翔流は無意識に身体を強張らせ、硬い大理石に爪を立ててしまう。
「大丈夫だ、絶対に痛くしない。俺を信じろ」
翔流が緊張しないようにするためか、冬馬が空いている方の手を翔流の手に重ねてくる。たったそれだけでも今の翔流には、心の支えとなった。
ゆっくりと指先で蕾の膨らみを撫で、時間をかけて窄まりを開こうとする。その動きには強引さが一切ないため、痛みは一切感じられなかった。それどころか何度も揉まれるように撫でられると、その部分が次第に麻痺してきて、逆に触れられている部分が気持ちよくなってくる。
もしかすると、これなら平気かもしれない。そう思った矢先、冬馬の指が完熟した果実を扱うかのごとく柔らかな動きで、窄まりをわずかに押し開いた。そしてほんの少し開いた部分を、同じようにゆったりとした動きで撫で続ける。そうやって慣れた頃合いを見ながら、冬馬は指を奥へ奥へと進めていった。勿論、本来濡れない場所へローションを足すことも忘れずに。
「翔流、平気そうか?」
「ん……大丈夫だと……思う……」
「そうか。でも約束どおり、痛みを感じたらすぐに言え。俺は……翔流が苦しむ顔や涙は見たくない」
「わか……った……」
「じゃあ、中で動かしていくぞ」
「え……」
言葉と同時に、内側で自分のものではないものが円を描くように動いた。まさか既に指が付け根まで入っていると思わなかった翔流は、不意に訪れた感覚に支えていた腕を崩す。
「おいっ、翔流、大丈夫かっ?」
前触れもなく大理石の上へと上半身を落とした翔流に驚いた冬馬が、心配そうな様子で声をかけてくる。
「だ、大丈夫……ちょ……びっくりしただけ」
「それならいいが……」
安堵の息を吐きながら、頭を撫でてくれる。その優しさに笑みを零しながら、翔流は再び愛撫を受け入れる体勢に入った。
「ごめん、続けていいよ」
「分かった」
再び中で指が動き出す。中は余すところなく濡らされているからか、痛みが出るようなことはなかったが、くすぐったいような気持ちが悪いような、そんな変な気分になった。
それに指が内側のある一部分を押すと、まるで神経を直接触られたかのように、身体が勝手に震える。
「な、そっ、こ……押されると、何か変……」
「どこだ?」
「ん……あ、そこ……っ……」
確かめるようにやや強めに押されると、途端に腰がビクンと跳ねた。
「やめっ……冬馬、そこ強く押したらっ……」
「全身に電気が流れたみたいな感覚になって、身体の力が抜けていく?」
言いながら、再び弱い部分を強く押す。
「やっ、ホント、ダメだっ……て……!」
「でも気持ちいいだろう?」
そう問われても翔流には答えられなかった。何せ気持ちよさと辛さが同時に襲ってくるのだ、これをさっきのフェラチオみたいな快感と同じだといったらおかしいだろう。
けれど、下腹部には確かな熱も感じていて。
「分か、んな……こんな、初め……」
「だったら、もっと刺激を増やしてみようか」
試してみようと、内側を蹂躙していた指が一度抜かれる。だが、間を置かずにたっぷりのローションで濡らした二本の指を差しこまれ、再び中を弄くられると、刺激はさらに強さを増した。
「ぁ、やっ、ぁぁっ!」
一本の時は快楽に苦痛が混ざったものだったが、触れる部分が多くなった途端に全てが快楽になった。全身に伝わる衝撃も倍以上のものになって攻めてくる。
「んっ、はぁ、冬馬ぁ、願……一回抜い……」
「どうして? 気持ちいいんだろう?」
「おかし……っ……こんな、のっ……」
自分でも制御できない快感に、すっかり震え上がってしまった。逃げたい、逃げたいと心が訴えてくる。
「お、願っ」
「……分かった」
懇願を聞き入れてくれたのか、冬馬が指の動きを止めてくれた。まだ指は中に入ったままだが、掻き回されないだけで随分と圧迫感が減る。翔流は束の間に訪れた安息に、肺から大きく息を吐き出した。
しかし、その安堵も翔流に身体を寄せた冬馬の、低く濡れた言葉で色を変える。
「なぁ翔流、本当に抜いていいのか?」
「え……?」
「このまま続ければ、確実に最高の快楽を手に入れられる。それを体感する前に、やめてしまっていいのか?」
「そ、れは……」
尋ねられて、言葉を失う。つい数秒前まで、解放して欲しくて堪らなかったのは確かだ。今だって気持ちの半分は自分がどうなるのか分からない恐怖で占められている。
だが、もう半分は――――。
「翔流には分からないだろうが、翔流の中は熱くなっているうえ、一刻も早く気持ちよくなりたいと俺の指に絡みついてくる。こんな状態を放って置いたら、逆に苦しくないか?」
冬馬の甘い誘惑が、心を揺さぶった。
彼の問いに対して、違うなんて言ったら嘘になる。事実、後ろを弄られた刺激で、翔流の肉芯は再度の昂ぶりを見せているのだから。
「こんな二本の指なんかではなく、もっと太いもので一番気持ちいいところを掻き回されたくないか?」
官能を刺激する言葉の途中、中でほんの少しだけ指が動く。
「ひ、ゃっ」
たったそれだけで全身が喜びに震え、さらにもっと明確な刺激が欲しいと本能が訴えてきた。
恥ずかしいや戸惑いよりも快楽に従順となるなんて、一人の人間として情けなさを覚える。だが、それでも自分の中での意思は今の悦楽で固まった。
「と……ま……」
「ん?」
「中……もっと……気持ちよく、なり……」
快楽を選んだ翔流が、月明かりの届く浴室でつたない懇願を響かせる。すると、すぐさま耳元で喜色を宿した息が漏れた。
「いい子だ。願いどおり、最高の快楽を感じさせてやる」
言葉の後、後ろの指がまた大きく動き始める。再び訪れた強すぎる感覚に背筋をピンと伸ばすと、自然と突き出た臀部に指以外の何かが触れた。
鋼、とまではいかないが確かな硬さを持ち、それなのに表皮の柔らかさと人の体温がある。そして、指よりももっと太く大きい。
これはまさか、とも思ったが、恐らく翔流が想像しているもので正解だろう。
でも、ちょっと嬉しいかもしれない。自分は男で、胸もなければ可愛い顔もしていない。そんな男の姿態に冬馬が欲情しているなんて。
その気持ちが、翔流の背をそっと押す。
「冬、馬……ぁ」
「ん?」
「もっと……っ、強いの……欲しいかも」
半分は自分のため、もう半分は勃起しながらも翔流のために我慢してくれる冬馬のため、一つになることを願う。
「いいのか?」
「いいよ、もう……苦しくないし」
首だけで振り返り、視線を合わせて微笑むと、驚いていた冬馬の顔がふわっと柔らかくなった。
「これで翔流と一つになれるんだな」
「何だよそれ、そんなに嬉しいことか?」
「恋人と繋がれるというのに、喜ばない奴はいないだろう」
「恋人って……」
二人は本当の恋人じゃないのに、冬馬は本物のように心を踊らせている。翔流からしてみれば理解が追いつかないところだが、相手がいいならそれでいい。
「な、冬馬……」
それよりも、そろそろ自分も限界に近い。
「ああ、分かった」
思いが伝わったのか、翔流の後孔より指が引き抜かれてからは、驚く早さの行動だった。
冬馬はローションと共に用意されていた避妊具を取り、開けると早速自らの雄にゴムを装着して再び翔流の腰を支える。
「いいか、入れるぞ」
そして緊張のこもった宣言の後、柔く蕩けた入口を固い塊の先端でやんわりと広げた。
「んっ……あ、あっ、あぁ……」
恐らくゴムにもたくさんローションを塗ってくれたのだろう。皮膚に引っかかることなく太い肉が奥へ奥へと進んでいく。
最初は男の雄なんて絶対に入らないと思っていたが、意外に平気だったかもしれない――――なんて思った瞬間。
「ひ、っぁ、やっ!」
爪先から頭の天辺まで突き抜けるほどの衝撃が、翔流の中に走った。
「やっ、何っ、なんで、ぇっ」
太く固い肉で感じる部分を抉られる快感は、指の時の比ではない。翔流は一瞬で余裕を失い、高い声を漏らした。
「んぁあ、っひぁ、あっ」
奥まで挿入された状態で腰を上下に揺さぶられると、先端が何度もイイところに当たって、目の裏にチカチカとした火花が走る。
もう、快楽を前に怖さすら感じない。
「ぁ、あっ……も、やぁ……っんぁ」
ズンッ、ズンッと低い振動で突かれる度に淫らな嬌声が勝手に零れ、開いた唇の端からはしたない唾液が零れる。
「すごいな、翔流の中は……腰を退こうと……すると、まるで離さないとでも……いうように強い力で……絡みついてくる」
腹を減らした獅子のようだ、と冬馬が少し苦しそうな息を零しながら感想を述べ、腰を大きく回す。その度に内襞が右へ左へと押し広げられ、ズプズプとローションが混ざるいやらしい音が響いた。
「んぁあ、やぁ、強っ、ひぁ、あっ」
一押しされる度に開かれていく身体。そして壊れていく理性。全てにおいて初めて得る感覚だというのに、翔流の身体はまだその先を求め、自ら腰を動かしていた。
気持ちいい。気持ちよすぎて、おかしくなりそうだ。
「あっぁ……とぉ、まっ、やぁ、もうっ……」
合わせるように、背後の律動が一段と強まる。
「ああ、俺も……っ、そろそろだ……」
向こうも限界が間近なのだろう、雁首の狙い定める場所が性感帯一点のみになり、とうとう翔流を際へと追いつめた。
「ひ、ぃ、ぁああああっ!」
「くっ」
翔流の中で何かが弾けたのかと疑うぐらい大きなうねりが起こり、瞬く間に目の前が真っ白に染まる。そしてその直後に、自慰では得られないほど強烈な快感が、恐ろしいほどの早さで全身を駆け巡った。
「あ……ぁ……」
駄目だ、全く力が入らない。大理石の上に飛び散った自分の精液を後目に悦楽の余韻に浸っていると、翔流の中からゆっくりと出ていった冬馬が不意に背中から抱き締めてきた。
「翔流、大丈夫か?」
かけられた声には、懸念の色が混ざっている。恐らく動くことができないでいる様子に、不安を覚えたのだろう。
オレなら大丈夫。そう返して安心させてやりたかったが、脱力感から抜け出せず、翳んだ声しか捻り出せない。
「ご……め、大……っ……」
「無理するな、身体を流したらすぐに寝室へ連れて行ってやるから」
ここまで頑張った翔流が、これ以上何かする必要はない。言いながら背を撫でてくれる手の心地好さに、翔流は身を委ねることを決める。
それから手早く身体を清められ、横抱きに抱かれて寝室へと連れて行かれた翔流は、冬馬から献身的な介抱を受けた。スポーツドリンクを飲ませて貰ったり、汗を丁寧に拭いて貰ったり、アイスが食べたいと願えば大急ぎで用意してくれた。
暴君がここまでしてくれるなんて。驚いてしまったが悪い気分ではない。
しかし、良かったのはそこまでだった。
「なぁ、翔流。俺達、お互い初めて同士なのに、こんなにも気持ちよくなれるなんて、すごいと思わないか?」
「え? う……うん、まぁ、それは……」
不意に甘い声で感想を聞かれた翔流は、口籠もりながらも首を縦に振る。すると、今まで表情を心配に染めていた男の口角が突如、天を向いた。
「これは……先が楽しみだ」
癖になりそうで怖いがな、と衝撃的なことを言われ、背筋が一気に冷たくなる。
「え、まさか、これからもする……つもり?」
問うと明確な返事が返されない代わりに、満面の笑みを浮かべられた。それだけで全てを悟った翔流は、思わず持っていたアイススプーンをシーツの上へと落としてしまう。
その後すぐに引き攣った頬へと甘噛みのようなキスを落とされたが、それどころではない翔流には、冬馬が求める恋人のような反応なんて返せるはずがなかった。
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