太陽と月2

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太陽と月2

 リグトラントの社交シーズンは冬。夜会には主に二種類あり、一つは招待状の必要がない公夜会。もう一つは招待状を送って限られた人だけを招く私夜会。  公夜会には貴族や王族はもちろん、有力な商家などの参加も認められている。極端な話、恥をかかない程度に身だしなみを整えられるお金があれば、一般市民も参加できる夜会だ。ただ、市民には最新の魔道具によって所持品の厳重な確認がなされるけれど……それでも貴族や王族との出会いを求めてやってくる人間は多い。    リグトラントの夜会は付き添いが必須ではないけれど、王族や有力貴族の未婚女性は兄弟や親しい異性にエスコートをしてもらうというのは暗黙の了解となっている。舞踏会の形を取られているのがほとんどなので、若者は特に踊らなければならないからだ。  未婚の場合は男女共に断魔材で作られた布手袋をしていて、肌を直接触れさせないようにする。踊るとなるとどうしても接触するので、不意に魔力が流れた場合の事故防止の為の慣習だ。  だからこそ……夫婦や半身の場合は手袋をしない。近い色だが同色ではない夫婦も、長年連れ添えばお互いの魔力が綺麗に混ざり半身となる場合もあるので、夫婦間で手袋をしていないのは仲睦まじいという証だった。  未婚の男性が女性をダンスに誘う場合も、本気でアピールしたい時には手袋を外して手を差し出す。または、踊った後に素手で握手を求めることもある。こうやってリグトラント人は交流をするのだ。    魔力の色によって結婚相手が決まるリグトラントは、結婚してしまえば離婚率は低いが、その反面中々成婚しない。公夜会があるのも、貴族の家系がそれぞれ同色の魔力で固まっている為だ。市民だろうと何だろうと、近い色の魔力に出会えなければそもそも血が途絶えてしまう。  ただし、現在のフレディアル家のミルティア様のように……貴族になった途端傍若無人な振る舞いをする人もいるので、難しいところだ。当然、結婚の際に貴族としての教育を受けているはずなんだけれど……    そんな話をルシモスから受ける授業の中で聞いてはいたものの、そこへ僕が参加するというのはいまいちピンとこなかった。  夜会にパートナーと連れ立って参加して、踊る。  自分が踊ると言われても、さっぱり想像できない。  衣装作製の協力はしてきたけれど、ノルニ村の祭りにも僕は参加したことがない。参加したところで、夜に大きな篝火の灯りだけでは何をしているか殆ど見えなかったからだ。祭りでは歌ったり踊ったりするらしいけど……それをやって何になると言うのだろう、とずっと思っていた。     そんな思いもあって、僕の部屋にやってきたアンジェリカ様の勢いには困惑するばかりだった。   「はじめまして、フィシェル様。あたくし、アンジェリカ・サロ・リグトラントと申します。エドワードお兄様の妹ですわ」   「は、はい。僕は……」   「フィシェル様!!」   「はいっ!?」    興味津々の兄様を部屋に置いて、僕は応接間でアンジェリカ様と向かい合って座っていた。アンジェリカ様はクリス様と同じ深い緑の髪と瞳で、髪には強いウェーブがかかっており、同系色のドレスを着ていた。落ち着いた色合いでよく似合っているが……申し訳ないけれど態度は正反対で、僕はさっきから圧倒されっぱなしだ。   「あたくし、妹でも、こんな色でもなければ……エドワードお兄様と結婚したかったんですの!」   「……は、はい……っえ!?」   「ですが、悲しいことに現実はこれです。ああ!エドワードお兄様があたくしの理想そのものですのに!!」    自分の頬に手をやって、うっとりとエディを思い浮かべているらしいアンジェリカ様を、僕は息を呑んで見守った。が、突如カッと目を見開いて僕に鋭い視線を送るので、僕はただただアンジェリカ様に圧倒されてしまう。   「そんな理想のお兄様に、遂に本物の至純様が見つかったと聞いて……あたくし、とてもとても動揺いたしましたわ。しかもその方がオルトゥルムの血を引いていて、お兄様が呪われた竜からお守りするなんて!ここまで聞いてしまえば……まさしく運命のお相手なのだと、あたくし、最近ではようやく諦めもついておりましたのよ!」  僕は一旦全部聞こうと思って、黙ってお茶を一口飲んだ。ラロの計らいで、アンジェリカ様の母君であるサラーサ妃からいただいた、特製の茶葉の中から……気持ちが落ち着く効果のあるものを淹れてある。   「それなのに何故なんですの!?……噂通りフィシェル様は可愛らしいお方ですが!どうしてエドワードお兄様を社交界にお連れしないのですか?お兄様の素晴らしさを広めないのは……半身として怠慢ではなくて!?」    僕は思わず噎せてしまった。な、なんだって?   「ごほ……っご、ごめんなさい。そもそも……僕はエドワード様とは、社交界のお話を殆どしたことがなくて……」   「気にせず落ち着くまで、無理に話さなくて結構ですわ……ですが、お待ちになって……今なんと?あたくしてっきり、フィシェル様が嫌だと仰ったのだとばかり思っていましたわ……」    僕は喉の痛みに涙目になりながら首を横に振った。駆け寄って来ようとする控えの侍従たちに振り返って、手を軽くあげて留める。ゆっくりと呼吸をしてなんとか落ち着いた頃に、アンジェリカ様が再び口を開く。   「今朝エドワードお兄様に公夜会の事をお聞きしにいったら、跳ね除けられましたの。夜会など必要ない、と。今期はミーシャも顔見世が控えているというのに」 「……本当に……色々とあった後ですので、エドワード様は慎重になられているだけだと思いますが……そうですか、ミーシャ様も今年から参加されるのですね」    まだミーシャ様は何処かで見かけたことすらないけれど、リチャード様の妹君ということなら……途轍もない美少女なのではないだろうか。もちろん目の前のアンジェリカ様もかなりの美人ではあるけれど……文字通りリチャード様は次元が違うから……   「大抵は、女性の王族の顔見世には……なるべく血の近い兄弟が付き添うのですが……リチャードお兄様は要の魔導師ですし、あのお顔ですから、塔からはほとんどお出になられないので……そちらもどうすべきかと……はあ。困りましたわ。夜会に関してはあたくし以外の若い王族が皆無頓着ですから、今は主にあたくしが公夜会を仕切っておりまして……今年は特に問題が山積みなんですの」    僕とそう歳は変わらないように思うのに……色んな人たちが訪れる公夜会の仕切りなんて、大変なお仕事だ。アンジェリカ様は疲れたようにため息をついて、お茶を一口飲んだ。   「あら……まぁ。これ、お母様の……」   「ええ、そうです。サラーサ妃からいただいたもので、僕はこのお茶が大好きなんです」   「……あたくし、正直言って……フィシェル様のことを誤解していましたわ」    僕は首を傾げた。   「そう……なんですか?」   「田舎出身の至純……最初にそう聞いた時は、エドワードお兄様に相応しくないと思いました」    いっそ清々しいくらいにはっきり言われてしまったけれど、実際僕も何度も思ったことなので気にならなかった。大して仕事も手伝えないし、できることも少なくて……たまたま至純だったから半身になれたというだけだ。  もちろん、今も勉強をしているし……僕には戦闘はできそうにないけれど、将来はやっぱり事務仕事などの補佐を請け負えるようになれたらいいと思う。  僕は目を伏せるアンジェリカ様を眺めて頷いた。   「それは……エドワード様の素晴らしさを考えれば、当然ですね」    アンジェリカ様は僕の言葉に顔を上げた。彼女も相当なエディのファンだけど、僕だってそこは負けてない。色々と終わって染まった今だからこそ落ち着いているけれど、やはり改めて考えてみても……あんなにすごい人がどうして僕を好きになってくれたのか不思議だ。  エディは僕を好きだと言うけれど……一体いつからそうだったのだろう。  エディはそんなことは言わないと思いつつも、もしも至純だったからなんて面と向かって言われてしまったら、きっと立ち直れないと思うので……お互いの気持ちについての詳しい摺り合わせを、僕は未だにする勇気がない……  それを思い切って打ち明けてみると、アンジェリカ様が僅かに瞳を潤ませて僕を見ていた。エディを好きだというアンジェリカ様に対して無神経なことを言ってしまったかと慌てた僕は、咄嗟にアンジェリカ様の魔力を視てしまった。けれどそこにあったのは静かな期待と決意で……   「……フィシェル様は、エドワードお兄様にちゃんと相応しいお方のはずですわ。周りにも、そう納得させてやれば良いのです。その為に夜会はあるのですから」    今度は僕がアンジェリカ様を見る番だった。僕は……勉強をしたとはいえ、はっきり言って実際に行われてる夜会の現場について殆ど知識がないと言っていいし、ダンスについても全く踊ったことがない。そう伝えると、アンジェリカ様は僕のことを頭の上から腰の方までじっと眺めた。   「……フィシェル様は、ドレスも似合いそうですわねぇ」   「い、一度だけ着たことがあります。アーニアに……選んでもらって」   「アーニア……?アーニア・シーメルン侯爵令嬢ですか?」   「ええ。訳あって今は僕の侍女を努めてくれていて……」    僕が振り返ると、控えていたアーニアが一歩前に出て綺麗にお辞儀をした。   「まあ。そうなんですのね。因みにどんな場面でドレスを……?」   「陛下に謁見する際に」   「……では、お父様とウィリアムお兄様にはお見せしたと」   「はい。お会いしました」    そこでアンジェリカ様は小さく唸って思案した。僕は思わずアーニアと顔を見合わせる。   「エドワードお兄様も、中途半端なことをなさっておいでだわ」    アンジェリカ様はため息をつくと、お茶を飲み干して立ち上がった。   「アーニア。あなた、付き添いはいらっしゃらないわよね?」   「……わたくしは……ご存知かと思いますが、評判が最悪ですから……」   「そうね。事実として申し上げるけれど、貴女のエスコートをしてくれる殿方は、貴族にはいないでしょう」    僕は驚いて目を見開いた。   「な……っど、どうしてですか?」   「それは……わたくしが騎士学校にいた所為ですわ。学校の生徒が貴族や有力商家の子息ばかりなのは、フィシェル様もご存知でしょう?」   「は、はい……」    アンジェリカ様が不機嫌そうな口調で続きを話す。   「全くくだらない事ですが……彼らはアーニアに嫉妬しているのですわ。エドワードお兄様は騎士の憧れ。アーニアは騎士学校を辞めた身でありながら、エドワード様の半身であるフィシェル様の……護衛のような立場ですからね。特に此度の戦ではアーニアは第一線で活躍しましたし……」    アンジェリカ様の言葉を聞きながら僕もゆっくりと席を立った。思わずアーニアの手を取ると、力無く微笑まれる。   「当然そんな醜い嫉妬を秘めた彼らも貴族ですから、夜会にも参加するし、他の貴族たちとの繋がりもあります。そういうわけで、アーニアと連れ添おうという人間がいないのですわ。年頃の令嬢の連れ添いを買って出るというのは、一般的なアプローチの一つですし……噂が立ってしまいますからね」    つまり現状、アーニアの味方をしてしまうと……それだけで同年代の同性の貴族から孤立する可能性があるというのだ。僕はアーニアの献身を知っているだけに……珍しく頭に血が上った。   「そんなの、酷いですよ……!」   「だ、大丈夫ですわ。わたくしは……しばらく夜会に出るつもりはありませんでしたから……」   「それも得策ではなくてよ、アーニア。貴女はちょうど年頃なのですから、夜会には出たほうがよろしい。ご自分でも分かっているでしょう。このままいけば婚期を逃してしまいますし、シーメルン家の名にも傷がつく。ただでさえシーメルン家には過去に駆け落ちなどもありましたから……堂々と夜会に出なければ、またやましい事でもあるのかと噂されてしまいますわ」   「で、ですが、夜会に参加したところで……わたくしのような女には、そもそも殿方の心が動くことはないかと……」   「アーニアはとても素敵な女性ですよ。騎士学校の男性たちは見る目がないだけです」  僕がきっぱり言うとアーニアは僅かに頬を赤らめ、それを見たアンジェリカ様はニヤリと笑った。   「フィシェル様だって、あまり評判はよろしくありませんわよ?」   「えっぼ、僕ですか?」    いきなり自分に飛び火するのでぽかんとしてしまう。   「まあこちらは殆どエドワードお兄様が悪いですわねぇ。大事に隠しているんですもの。あたくしは御本人にお会いできたから納得できましたけど……婚約者候補だった女性たちは、囲われているだけのフィシェル様よりも自分の方がよほど妃に相応しいと……未だに思っていますわよ。彼女たちは特に、フィシェル様の込み入った事情も分かってないでしょうからね」    これにはアーニアも眉を顰めた。彼女も最初が最初だっただけに思うところがあるのかも知れない。確かに目で見なければ納得できないことだってあるだろう。   「確かに、僕自身が姿を見せて……いつかは出自についても明かさなればならないのでしょうけれど……」   「まあ、出自についてはこの際後でもよろしいと思いますわ。大事なのは、明らかにエドワード様の半身になられたそのお姿を……見せ付けてやることですわ。それもできれば、男性らしい部分も、他の候補たちより可愛らしく美しい部分も、思い知らせてやるのがよろしいですわねぇ」    僕は何故だかアンジェリカ様の微笑みが怖くなり、握ったままだったアーニアの手に力が入ってしまう。   「フィシェル様……」    アーニアが困惑するが、そんな僕たちの後ろから突然明るい声が飛び出した。   「アンジェリカ様の意見に賛成〜!!」   「ルストス!いつから聞いていたんですか?」   「最初から!」    全員で驚いてルストスを見たけれど、本人はこの程度の反応にはすっかり慣れた様子だ。   「か、閑吟様……?あたくし、具体的なお話はまだなんにもしていなくてよ?」    ルストスはニヤニヤ笑いながら僕とアーニアの繋いだ手を持ち上げた。それをアンジェリカ様に見せながら言う。   「ね?アンジェリカ様」   「……そう、流石に、お見通しなんですのね……あたくしが言いたいのは、そういう事ですわ」    僕とアーニアは顔を見合わせ、ひたすらに困惑してしまう。ルストスはそんな僕たちに笑顔を崩さない。   「つまり、フィシェル様がアーニアを紳士としてエスコートして、エドワードお兄様に淑女としてエスコートされたら良いのですわ。アーニアが現在フィシェル様の侍女をしているなら大丈夫でしょう。この国では年頃の優秀な使用人の為に、その雇い主が公夜会の付き添いをしてやることは珍しくありませんから」   「うんうん!そういうこと」   「……へ?」   「お、お待ちください。フィシェル様は……全くダンスの経験がおありにならないのですよ?どちらもなんて……」    僕にはダンスのことはさっぱり分からないので、アーニアがどこに意見してくれているのかも理解できなかった。  そんな僕を見兼ねて、ルストスがアンジェリカ様の隣に立つ。  己を見上げるアンジェリカ様の手を恭しく取ってお辞儀し、一言告げる。   「アンジェリカ様……よろしければ僕と踊っていただけますか?フィシェルは恐らく……まずダンスを見たことが無いので」   「ああ……なるほど。よろしくてよ」    僕は戸惑いながらも、部屋を出る二人について行き、広い玄関ホールへと移動した。僕はアーニアと共に隅の方で見守る。  向かい合い手を取り合って……アンジェリカ様がぽつんと呟いた。   「……無音では少々寂しいですわね」   「あはは……そうですね。ではそれも、この閑吟ルストスにお任せ下さい」    ルストスは……なんと魔法で作った楽器を周りに浮かべ、それを演奏しながらアンジェリカ様と一曲踊って見せてくれた。ルストスもラートルム家の三男なので、貴族としてダンスも嗜んでいるらしかった。  僕は初めて見るダンスに興奮して拍手をする。   「お二人共、とっても上手ですね……!」    ルストスは僅かに息を切らしながら苦笑した。魔法を使いながら踊るのは相当な気力と体力を使うだろうと分かる。というかそもそも……演奏しながら踊るって一体どうやっているのだろう?ルストスは本当に才能の塊だ。  手放しでひたすら褒める僕に呆れながらルストスが宣告する。   「あのね、フィシェル……今見てもらった通り、男性側と女性側では、動きが違う。これをフィシェルには……どちらも覚えてやってもらうんだよ。うるさい貴族やエドワード様の元婚約者候補たちを黙らせる為にね」   「えっ……あ……そ、そういうことですか……」    僕が絶句して後退ると、アーニアが慌てて背中に手を添えてくれた。  アーニアとは男性側として踊って、エディとは女性側として踊る……理解した途端、たちまち気が遠くなった。    「あの……今まで生きてきて……あんなに大変な経験をして……それでも、こんなにできる気が全くしない事に直面したのは、初めてです……」    ルストスは僕の言葉にお腹を抱えて笑う。   「あはは!大丈夫だよ。アーニアは力があるから、フィシェルの事を助けてくれるし……エドワード様は言わずもがな。多分フィシェルがただ立っているだけでも踊ってみせると思うよ」    それは確かにエディなら……本当にやりそうな気がする。   「でも……今回エドワード様には、まだ内緒にしてくれる?」   「え、エディに内緒にするんですか……?でも、エディは今……視えますよ。隠し事をしているのはすぐに分かってしまうかと……」    エディには僕の魔力視を半永久的に貸している。順応性はかなりのもので、今の僕が嘘をついたり隠し事をしても、きっとすぐにバレてしまう。  思わず小声で反論するが、ルストスはそれでもできるだけお願い、と告げてきた。一体何を考えているんだろう?   「アーニアとフィシェル様の問題は解決したとして、ミーシャの付き添いはどうしましょうか……閑吟様、なにかご助言はありませんか?」    僕はアンジェリカ様が言うほどは解決していない気がしているけど……  ルストスは振り返ると、事も何気に言う。   「夜会嫌いの皇太子殿下はどうですか?」   「……ウィリアムお兄様は、いくらミーシャの為とはいえ……夜会には出ないと思いますわ。ご存知でしょう、言い寄ってくる貴族女性が大変お嫌いなんです」   「そう……なんですの?」    アーニアが思わず、といった感じで口に出す。慌てて口元を押さえているが、アーニアが聞かなければ僕が尋ねていた。ルストスがそんな僕たちに教えてくれる。   「ウィリアム様は皇太子だから、夜会に参加すればあらゆる女性が寄ってくる。当然自分こそが見初められようと、ギラギラした目をしてね。ウィリアム様は王妃を選ばなければならないお立場だから、参加せざるを得なくて……だけどやっぱり、同じことが何度もあって、とうとう去年から夜会自体やめてしまわれたんだ。フィシェルが見つかるまではエドワード様の半身探しも難航していたけれど、ウィリアム様の妃探しは現在進行形で相当難航しているね」   「実際囲まれているのは拝見したことがありますが、わたくしも去年は騎士学校の入学準備の為に夜会には参加しなかったので……まさかそのような事態になっているとは思いもよりませんでした」   「ああでも……確かに謁見したときに、がつがつしていない女性がいいと仰っておられたかも。あれはこういう背景があったからだったんですね」    そういえばアンジェリカ様のお名前もそこで一度聞いていた。目を覚ましてほしいとかなんとか言っていたのは……アンジェリカ様が最近までエディのことを諦めきれていなかった……という話で間違いないと思う。   「それでは……ウィリアム皇太子殿下にお願いするのは、難しいのでは……?」   「ところがそんなウィリアム様にも弱点があってさ。長男の頼み事には弱いんだ」   「リチャード様の……?」    ルストスはニヤリと笑って僕を見た。そういえばベールの調整を頼みに行く用事があったなぁ……と、頭の隅でぼんやり思う。   「誰だってそうだけど、リチャード様のお顔でお願いされたら降参するしかないと思わない?リチャード様は母君が同じミーシャ様のことをとても大事に思っているし……誰かが後押しすればきっと、ウィリアム様に頼むと思うなぁ。でもリチャード様は限られた人にしか会ってくれないから……ね、フィシェル」   「……僕がリチャード様に、お願いすればいいんですね……」    ルストスは相変わらずニコニコしながら頷いた。  ……なんだか、かなり大きな話になってしまった。これをエディに本当に内緒にする必要があるのだろうか?とはいえ閑吟から秘密にしてと告げられれば、守るしかないのだけれど……   「ついでに魔力視と魔力制御についても、リチャード様に相談したらどう?光の統べる領域と魔力の精密な操作についてはあの御方に相談するのが一番いい」    ここまで言われてしまうと、僕は了承するしかなかった。ダンスについては全く自信がないけれど、やってみたこともない事をできないと突っぱねることはしたくない。  試してみてどうしても間に合わないとなれば、そう伝えればいいはず。  シーズン最初の公夜会が最も重要だと言われたけれど……ヴォルディスの時と違って、それに参加しなければ死ぬわけではないのだから。
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