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旅路4
「コイツとフィーが一緒の幕屋!?フィー!冗談だろ!」
と騒ぐルドラを横目に、僕とエディは幕屋へ戻った。
全くルドラってば、あんなに騒いで……一緒に寝るわけじゃないんだしさぁ。
「………………」
そう思ってふと幕屋の奥の寝床を見たが、どう見ても一つしかない。
大きな敷布団に大量のクッションが並んで、掛布が置いてある。それだけが鎮座している。どうして最初に疑問に思わなかったんだろう。
僕は思わず、隣でエディの上着を受け取っているラロを見た。
「ねぇ、僕ってどこで寝たらいいの?」
ラロは当然奥の寝床を見る。
「じゃあエディはどこで寝るの?」
……ラロとエディは奥の寝床を見る。
僕はどうしたらいいか分からなくなって、絨毯に座り込んだ。
ラロが慌てて跪き、僕の長い上着を脱がせてくれる。
エディが着替えながら笑った。
「フィル。昼間もくっついて寝ていただろう?別に今はくっつかないといけないわけではないし、昼間に比べたら大したこともないと思わないか?他の者も性別ごとの幕屋で、皆隣り合って寝ているぞ」
僕はしばらく座ったまま悩んでいたけれど、そう言われると何も言えなくなってしまい、僕は素直にラロの手を取って立ち上がった。
「……それではぼくはこれで失礼いたします。おやすみなさい、殿下。フィシェルさま。よい夢を」
「ああ、ご苦労さま」
「お、おやすみ……」
ラロはぎこちない僕に苦笑しながら幕屋を出ていった。
「フィル」
呼ばれると同時に、着替えたエディに抱き上げられる。僕は驚いて咄嗟にエディにしがみついた。そこではた、と気付く。
「あれ……これって」
エディが着ていたのは、あろうことか僕が作った寝間着だった。
「これはフィルが初めて俺にくれたものだからな」
だからって、まさかこれを着続けるつもりなんだろうか?王子様なのに?
ぽかんとしている間にそっと柔らかい寝床に下ろされる。
ふわふわのクッションに囲まれながら、エディの手によって掛布が身体を覆うと、昼間散々眠ったというのにすぐに眠気が訪れるので、自分に呆れてしまう。
早速うとうとする僕に微笑みながら、エディも隣に入ってきた。
「眠いならそのまま寝てしまうといい。明日も早いからな」
「う……ん……おやすみ……なさい……」
「おやすみ、フィル」
エディに頭を撫でられると、それが堪らなく心地良くて、僕は瞬く間に眠りに落ちた。
翌朝、背中の暑さと小鳥の囀りで僕は目を覚ました。腹の辺りにも暑い重石が乗っていて思わず身じろぐ。寝ぼけながら手で探って、それが人の腕だと認識するのに暫くかかった。
こ、これって……
後ろから、抱き込まれている……!?
僕が慌てて逃れようとすると腕にぎゅっと力がこもった。
「あっ……!?え、エディ!エディ、起きて……!」
慌ててそう言うと、エディの腕がパッと緩んだ。すかさず腕の中から逃げ出しつつ、僕は布団の端っこでエディを振り返る。
エディも僕も、お互い驚いた顔で見つめ合っていた。
「すまない。……寝ぼけてクッションと間違えていたようだ」
「あ、ああ……いえ……大丈夫、です。エディにもそういうことがあるんですね……」
エディが豪快な欠伸をして、それに釣られて僕も欠伸が出た。
「ふぁ……」
「眠いか?」
「んー……大丈夫です」
とはいえ心地良い気温の中、ふかふかのクッションに身体を受け止められているといつでも眠れそうな気がした。エディは少し外の音を聞いてから苦笑する。
「残念ながら、ちょうどいい時間のようだな」
どう見計らっているのかは知らないけど、僕たちが寝床から出ようとしたところに水の入った桶と手ぬぐいを持ったラロが入ってきた。
「おはようございます」
「おはよう」
「おはよ……」
顔を洗うように言われたので桶に手を入れたが、あまりの冷たさに変な声が出てしまった。
「わっ!……冷た……」
「大丈夫ですか……?もう少し温い方が良かったですね。申し訳ありません」
僕にはかえってこれくらいの方が目が覚めるのかもしれないと笑って返していると、着替え終わったエディがやってきて桶の縁をそっと撫でた。
その後何も言わず僕の頭をくしゃりと撫で、幕屋から出ていく。
指先を入れてみると、温すぎず冷たすぎず、ちょうどいい温度になっていた。
でも、顔が真っ赤になった僕には、やっぱり先程の冷たい水の方が必要なのかもしれなかった。
朝食や仕度を済ませて馬車に乗り込むと、今日はラロが一緒に乗ってくれるらしい。エディはアルアに乗って行くそうだ。窓から景色を眺めながら、二人で色々な話をした。
ラロは随分と知識が豊富で為になる。
「魔獣って、そんなにたくさん出るんだね」
「リグトラント国内なら、国民の殆どが防衛の結界を協力して張れますから……魔獣を野放しには出来ませんが、人里ではそこまで脅威ではありません。……とはいえ、ノルニ村は守り手が少ない山奥にしてはかなり平和なようで、ぼくは安心いたしました」
僕の記憶にある限りだと、大きな魔獣が出たって話は聞いたことがない。ノルニ村では獣狩りの専門家である狩人と守り手の村長が討伐をしているらしいけど、ひどい怪我をしたという話も知らない。
「そういえば……殿下がノルニ村の結界は不思議だと仰っていました」
「え?」
「不思議……と言っても、どこがどう不思議なのかまでは聞かなかったのですが……フィシェルさまはご存知ですか?」
「ううん、初めて聞いた」
エディは僕には一言もそんなことは言っていなかった。しかし実際のところ、透明のへっぽこ魔導師である僕は村の結界には関与していないので、詳しく聞いたところで分からなかった可能性が高い。魔力のほぼないラロも同じようで、それ以上その話は続かなかった。
話の内容はこの国についてに移り変わっていく。
「リグトラントは、定期的に出現する魔獣以外、他国と戦争もなく平和なんですよ。まあ野盗など人間の犯罪行為が全くないわけではないのですが……それよりも、国内の領土自体の魔力が濃いので、どうしても獣が定期的に魔獣へと変異してしまうらしく、そちらの方が遥かに大きな問題になっています。とはいえ……これは精霊国の土地柄仕方がないですね」
「……他の国は……リグトラント以外とは戦争をしているの?どうしてここは狙われないのかな」
「我が国には優秀な魔導師が沢山いますから……他国の魔術師とリグトラントの魔導師では根本的な素質に大きな開きがあるそうです。その為魔法を使えば勝負になりません。欲しい国はいくらでもあるでしょうが……リグトラントは立地もいいですからね。総じて攻めにくいのだと思います。むしろ、リグトラントに野心がなくて良かった、と安堵している国の方が多いのではないでしょうか」
やはりそうなると、魔獣はエディたちが討伐してしまうし、リグトラントは本当に平和なようだった。きっと母さんはそういう部分も調べてこの国を目指してくれたんだろう。
「戦争もなく、大きな力が必要になるのは魔を喰らい森を荒らす魔獣討伐だけ。それも殿下の隊が、殿下を抜きにしても格別優秀なので……騎士学校が庶民に開かれないのは、必要戦力が限られているからというのも理由の一つでしょうね」
「ああ……なるほど。じゃあ戦争はしてないってことは、周りは仲がいい国ばかりなの?」
「表面上はいいと聞いていますよ。その中でも、ここ十年ほどで最もリグトラントと貿易などの国交が盛んなのが、竜の国オルトゥルムです」
「竜の国……」
「竜は分かりますか?」
「母さんが昔、翼の生えたトカゲだって言ってた……と思う」
幼い頃の記憶を引っ張り出して言うと、僕の母さんの大雑把な例えにラロは目を丸くした。それから少し悩むような顔をして頷く。
「うーん、確かに端的に表現すると、そうなのかも……」
「ラロは竜を見たことがあるの?」
「はい!ありますよ。港町テアーザでは、飛竜や海竜が荷物を運んでいました。オルトゥルムは島国ですから、空と海から物を運ぶそうです。竜を訓練して一緒に生活をしていると聞きました」
「へぇ……テアーザに行けば、僕も竜に会えるのかな」
「ええ、見られると思います!」
テアーザはすごい。海が見える上に、竜も見られるのだと言う。
竜の国に興味が湧いてきたので、僕はラロに詳しく教えてもらうことにした。
「竜種は精霊と同じく、人類より遥か昔から存在する、この世界の古き生き物です。古代リグトラントは精霊の庇護を受けていた人間たちの集まりですが、オルトゥルムは同じように竜の庇護があった島だそうです。最も過去の竜種の高度な知能は現代では失われつつあるようですが、先程も言った通り今もオルトゥルムでは人と竜が寄り添って暮らしています」
「知能……?まさか竜は言葉を話せるの?」
「リグトラントにある文献では過去に話せたとあるだけですので……恐らく今はそこまではできないのではないでしょうか」
「昔は話せたんだ!すごいね」
「言葉といえば……古き生き物を祖とする国同士、精霊国と竜の国は言語が近いらしいです。なので交流もし易いのでしょうね。それから……リグトラント国民が魔法を使うように、オルトゥルム国民には身体に竜の特徴があるのだと聞きました」
「竜の特徴って……翼とか?」
「その……僕も竜人さまは見たことが無いのでよく分からないのですが、身体の一部に鱗があるそうですよ。翼は聞いたことがないので、多分無いのではないかと」
「鱗……」
「はい。そのおかげで身体は熱や衝撃に強く、多少の魔法は弾くそうです。竜鱗は断魔材ですからね。とはいえここも我が国と似ているのですが、特徴が顕著に出ているのはほとんどが王族で、一般の国民でそこまで屈強な人は珍しいと聞いています」
僕はラロの話を興味津々で聞いていた。竜を従えた、竜人たちの国。似た経緯を持つ精霊国と竜人国は国交も盛ん。聞いているだけでわくわくした。
「面白いなぁ」
「本当ですか?ぼくの知識がお役に立てたなら良かったです」
「僕は知らない事が多いから……ラロが何でも教えてくれて助かるよ」
それからラロには少しずつ作法や王城で必要になりそうな知識も教わり始めた。時々ルシモスも一緒に教えてくれている。
僕からすればどうしてそんなことが必要なんだろうと思うこともあって、身体に覚えさせるのは大変そうだったけれど、二人がこういう時間に丁寧に教えると言ってくれた。
朝早く出発した為、イツラ村には昼過ぎについてしまうという。僕は当然イツラにも行ったことは無かった……が、聞くところによるとノルニよりずっと大きい村らしい。
村に一団の来訪を報せる先触れを走らせ、僕たちは昼食をイツラで取ることにした。
イツラの宿屋はそこまで大きくはなく、全員は泊まれなかった。村の隅に天幕を広げる許可をもらい、僕とエディ、ルシモスなど、何人かだけが宿屋へ泊まることになった。
寝台は硬かったが、風の魔法で圧縮させて運んでいたクッションをいくつか並べると、すぐに僕の実家のベッドよりも豪華になる。僕は慣れているので、別に硬い寝台でも良かったけれど……エディもいるしそういう訳にもいかない。
宿屋の主人は真っ青な顔で応対していた。なんでもエディが行きに、夜遅く訪れた普通の旅人として泊まったらしく、主人は王族に対するもてなしをしなかったんだとか。エディは見た目が派手だけどその時は外套を着て隠していたようで、確認できたのはルシモスたちが村に到着した後だったそうだ。
宿屋の主人は気付けなかったことを詫びていたが、エディが滞在したのは真夜中から早朝のたった数刻ほどだったらしいので、知っていたとしても大したもてなしができたとは思えない。
エディも苦笑して主人の謝罪を聞いていた。
宿で簡単な昼食を取った後、一度イツラの村長のところへ顔を出す為、僕たちは村の中心を目指して歩いた。ラロが手を引いてくれているが、至るところからちらちらと視線を向けられている気がして落ち着かない。
僕と違って堂々としているエディやルシモスの後を付いていき、村長の家に入ってようやく視線から逃れることができた。
「ようこそおいで下さいました、殿下。私がイツラの村長でジウバと申します」
「エドワード・フレル・リグトラントだ。今日は世話になる。こちらは至純殿の……」
「フィシェル・フィジェットです。お世話になります」
「行きも世話になったそうだが改めて……私の補佐官のルシモス・ラートルム、フィシェル殿の従者のラロだ」
エディが紹介して、二人が綺麗なお辞儀をした。
村長宅は木造のなかなか大きな家で、この村には似た形の家が何軒もあった。それだけですでにノルニ村とは一線を画している。途中で商店らしきものも複数見てきたので、かなりの人数がこの村で暮らしているのだと分かった。
ジウバ村長は痩せぎすな壮年の男性で、典型的なリグトラント人の体格だった。ということはつまり、この村を魔獣から守る人間は他にいるのだろう。僕にとって村の守り手は村長の家系というイメージが強かったので、新鮮に映った。
村人の視線から逃れられたと思っていたが、いつの間にか村長宅の奥の方から、こちらを好奇心いっぱいの魔力で覗いている人たちが何人かいる。……やはり、今後は何処へ行ってもこうなのだろうか?
僕はルシモスとラロに言われた通り、エディのことはエドワード様と呼んだし、村長の話に適度に頷いたり微笑んだりしながら、何とかその場を乗り切った。
夕食は村長宅に招待されることになり、僕たちは一旦外に出た。人と話すことは嫌いじゃないと思うけど、年上から敬う対象として扱われると途端に話すことが難しくなる。中身までいきなり高貴な存在として振る舞えるわけじゃない。
夕食時にもこの難問があり、先程の視線も併せてこの先何度もこういうことが続くのだと思うと気が遠くなりそうだ。
外に出るとルシモスが一度天幕の方へ行くと言うので、そこで別れた。僕は相変わらずラロに手を引いてもらいながら、エディと商店を見て回った。
パン屋、鍛冶屋、八百屋……僕は生まれて初めて、売り物ごとに分かれた店を見た。ノルニ村以外では、こうして店ごとに商品の種類が分かれているのだ。
村人たちは皆恐縮して接客する。王子様とその婚約者っぽい人間が訪ねてきたのだから仕方の無いことだと思う。もし僕がお店を持っていて、いきなり王子様が来店したらさぞびっくりしてしまうだろう。そんなことを考えながら歩いていたところで、僕は強烈に興味を引かれるお店を見つけた。
……布屋だ!
「エディ、ラロ。僕、このお店に入ってみたいです」
「布屋か。もちろん構わない。色々と置いてあるようだな」
エディの言葉を聞いて良く目を凝らすと、店内を覗ける窓の奥には、様々な服やタオル、生地、糸が置いてあるようだった。
店内に入ると、店番をしていた小太りの女性がぎょっとしてこちらを見た。
「い、いらっしゃいませ……エドワード殿下」
「失礼、少し見せてくれ」
僕は既に興奮状態で、二人のやり取りは聞こえていなかった。色んな色の生地や糸にボタンまである!どれも鮮やかな色合いで、すっかり魅入ってしまう。ノルニ村で買ったことのある素朴な色合いの糸もある。
色糸があるということは、何処かに刺繍されたものもあるのかもしれないと顔を上げ、店内を見回したところで……僕は不意に既視感に襲われた。
「あ、あれって……」
「それが気になるのか?」
「そ……そちらは、ノルニ村で刺された作品ですよ。時々持ち込まれるのですが、中々綺麗で評判が良く……」
僕は照れて思わず笑ってしまった。どれもよく覚えている。手ぬぐい、巾着、リネン……
「これ、僕が刺繍したものです」
するとエディがハッとして凝視し出し、女性は驚きに目を見開き、ラロは目を輝かせて……いたと思う。
「わぁ!フィシェルさま、すごく綺麗です。お上手なんですね!」
「こうやってお店に並んでるんだね……なんだかちょっと恥ずかしいな」
「フィシェル様……?じゃあ、あなたがカーラがよく話しているフィン……あ、フィン様、なんですね」
僕は店番の女性に微笑んだ。
「カーラさんをご存知なんですね」
「え、えぇ……旦那さんと定期的にこの村へ仕入れに来ていますよ。そのときに、良くフィシェル様の刺された作品を卸して下さるんです。イツラでも人気ですよ」
「本当ですか。嬉しいです」
「でも、まさか……お話を聞いたことのあるフィシェル様が、透明の……至純様だったなんて……」
僕は苦笑した。今でも変わらず、あの家で刺繍を刺して暮らしている自分は容易に思い出せた。それでもその日々から、もう随分と遠くに来てしまった。
「僕も驚いています」
エディが来てから僕の日常は一変した。今後への不安と少しの期待が胸を支配して、ざわつく。
エディを見ると、刺繍された巾着袋を手に取って真剣に眺めていた。
それは濃い色の生地に白い兎とカラフルな花を添えたもので、中々上手くできたと思っている。白兎は僕と同じ色なので他人とは思えず、気が付くと良く刺しているモチーフの一つだった。でも王子様が貧相な巾着袋を手に持っている図が似合わなくて、僕は堪らずエディの隣に行って声をかけた。
「それがどうかしましたか?」
「……これをもらおう」
「え」
「これは幾らだ?」
「あっ……いえ……それでしたら……」
女性は僕をちらりと見て、少し困ったような顔になり、ややあって意を決したようにエディに言った。
「それはそのままお持ちください。製作者様の前でお金はいただけませんわ」
僕は首を傾げそうになって、慌てて思い直した。店頭では僕が受け取った金額よりも当然上乗せして売っているのだ。それは確かに言いにくいに決まっている。
エディは少し悩んでから巾着袋を女性に預けた。
「ではまた後ほど一人で来るので、これは売らないでくれ」
「は、はい。かしこまりました。お取り置きしておきますね」
「頼む。フィルは何か欲しいものは無いか?」
「あー……ええと……僕も、後から自分で来ます」
エディを見て、その目と同じ色糸が欲しかったのだと思い出したものの、本人の目の前で買うのは恥ずかしい。それに僕は実家から持ち出した自分のお金を馬車に預けている。どちらにしても一度戻らなければならない。
僕がそう思っていると、エディは少し眉尻を下げた。
「……そうか。しかし一人は危ない。ラロに連れてきてもらうように」
「あ……はい。分かりました」
僕が返事をすると、エディは先に店から出てしまった。女性が心配そうに声を掛けてくる。
「フィシェル様、私もあなたの刺繍が好きでした。これから大変でしょうけれど……頑張ってくださいね」
「あ、ありがとうございます……じゃあ、また後で……」
「フィシェルさま、お手をどうぞ」
「あ、う、うん。ありがとう、ラロ」
僕は妙に気遣わしげな女性の視線に見送られながら、エディの待つ外へ出た。
ラロがすかさず言う。
「フィシェルさま、先程は大変お上手でした。殿下に戸惑う様に見えましたよ」
「え?あ……」
ああ!と僕は先程の女性の態度に納得した。思い返してみると、確かに……少し強引な王子に自分の作品を買われ、更に贈り物されそうになり、戸惑って逃げたように……見えるのかもしれない。
僕の様子にエディが態とらしく不満そうな声を出す。
「演技ではないなら、本気で俺がフィルに何か買うのが嫌だったということか?」
「い、いえ……そういうわけでは。ただちょっと恥ずかしくて……」
「ああ言ってしまった以上、後から別々に店に戻るが、お金はラロに渡しておくからそれを使うといい」
「え、でも……多くはないですが、僕はちゃんと自分のお金がありますよ?」
エディは空いている僕の手を取って、優しく撫でた。気分を悪くさせてしまったのかと思っていたので、その手の優しさに内心でホッとする。
「では何か刺繍をして、俺に渡してくれ。その為に俺が材料費を出すということにしよう」
まさにエディに渡すものを作ろうと思っていたので、僕は真っ赤になって頷いた。また頬が熱い。赤面もある程度隠してくれるベールはこんな時にも有り難かったけれど、この距離のエディには意味がない。
見られていることにまた顔が赤くなる悪循環に陥りながら、僕は何とかその優しくて狡い手から逃げ出した。
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