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人助け(7)
腰にクッションを宛てがい、ベッドを起こして優雅にテレビを観……というのは嘘で。
先程からほんの少し腰が軋むだけで、脂汗が出てくる。
ぎっくり腰になってすぐ、無理して動き、次男に授乳とかしたのが裏目に出たのか。
目覚めた後からじわじわと腰の具合が悪化していた。
息をするのもそーっとだ。
昼はスープを口に流して腹を満たした。
咀嚼すら腰に響く。
動けないからマジで他にする事なくて。
まんじりともせず、ただただ目に映るテレビを眺めていたにすぎない。
昼過ぎのテレビはどの局も似たようなワイドショーばかりらしく、一通り悠斗くんにチャンネルを変えてもらったが、今の話題は有名な俳優だかアイドルが極秘入籍したとか、世紀のビッグカップルだとかって騒いでる。
で。その有名俳優とやらが記者会見を始めた。
絶賛生放送中だ。
いかにもアルファだぞという精悍な俳優は、真面目な顔で、番報告をしている。
ファンの皆さんに報告が遅くなった事を詫び、相手が既に妊娠している事も告げ、バシャバシャとフラッシュを浴びまくっている。
俳優の名前を見て……何かが脳裏を掠めた。
イチノセナオキ
ん?
なんかアタマが働かない。
ぼーっとしながら悠斗くんに尋ねた。
「ねぇ。このイチノセナオキくんて俳優、知ってる?本名かなぁ?」
声が張れず、囁きボイスはご愛嬌だ。
それでも悠斗くんには聞こえたようで。
「そうですよ。一之瀬直樹は本名で芸能活動してます。」
間髪入れずに即答するから、単に芸能人を見知ってるとかじゃなくて、本人と知り合いぽい口調に聞こえた。
「?一之瀬直樹って俳優さん、会ったことあるの?知り合い?」
「同級生です。中学からの友人です。」
「あ、マジか。」
驚きすぎたら、デカい声出ないよね。
いや、今は声出せないのもあるけど。
心の中だけで驚く。
「あ……また、冗談?」
「……。すみません、コレは本当に友人です。」
ほら…と見せられたスマホ。
なんかスマホには今より少し若い悠斗くんが、一之瀬直樹と一緒に呑みながら写真撮ってるショットがある。プライベートで逢う仲なんだ。
イチノセナオキ
隣室の一之瀬くん。
名前を尋ねた時、照れた感じで一之瀬と名乗った。
改名してパートナーの名前が嬉しいって感じ。
その徹くんのパートナーがなおきくん。
なおきのばかぁって叫んでたしな。
そこでふと、俳優一之瀬直樹の番相手の顔と名前が出た。
ただ今充電期間中ということで、活動を休止している、トップアイドルグループRAINBOW
そんなテロップが映し出される。
その中のリーダー的存在、財田徹。
7人で可愛く躍る男性グループの真ん中に……いた。それはまさしく、一之瀬徹くん。
昨夜泣きじゃくって息みまくってたあの子が。
一之瀬徹くん。
だよな。
「隣の部屋の子、一之瀬直樹くんのパートナーだ。」
悠斗くんも少し驚いたようだけど、それ程表情には出さない。
ま、いつも変わらないけど。
ワイドショーによれば、一之瀬直樹はハリウッドで大作映画の撮影があり、この数ヶ月アメリカにいたようだ。早めに撮影が終わり、帰国の会見のつもりが、雑誌のスクープネタとして極秘入籍をすっぱ抜かれそうになり、この会見をする事になったらしい。
隣の徹くんは、見ているのだろうか?
気になる。
じーっとテレビを見つめていると。
「優一さん、気になるんでしょ。」
ちょっと呆れ気味の悠斗くんの声。
「俺ちょっと隣に行きたい。」
溜息を吐き、腰は?大丈夫ですか?と声を掛けられ。
そんな脂汗かいてて、動けないでしょ?と嫌味を言われ。
でも最後は、仕方ないなあって呟くと部屋の隅から車椅子を持ってきた。
相当苦労したが、這う這うの体で車椅子に乗り込んだ。
じりじりと亀が通るのかというスピードで、振動が腰に響かないよう車椅子を押す悠斗くん。ゆっくり隣の一之瀬くんの部屋へ向かう。
芸能人だから名札のない部屋だったのか。
ノックしてもらい、「隣の北條です」と告げると、「どうぞ」と声が聞こえた。
中に入ると徹くんが、ベッドに寝てこちらを見ていた。
テレビは消えてる。
今の記者会見観たのだろうか?
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