第13話……番の印をつけたなら

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番の印をつけたなら(10) 翌日俺は、花山商事に出向いた。 山下課長に呼ばれ、次の商談に向けて打ち合わせをしていた。 話がまとまった頃、ふと小会議室のドアを開ける人影があった。 佐山さんだった。 「とりあえず以上で。」 山下課長の声が響き、会議はお開きに。 俺はタブレットに打ち合わせの資料を作成しつつ、セーブしながらパソコンの電源を落とした。 「山下課長、もう北條さんとの打ち合わせ、終られたんですか?」 「あぁ、佐山くん。今終わったよ。」 「……そうでしたか。」 「私は今から別の案件があるから。では。」 山下課長と佐山さんの会話が、少し冷たく感じる。 小会議室から山下課長が出て行く。 残るは、俺と佐山さん。 「お疲れ様でした。北條さん。」 「あ、佐山さん。どうも。」 「………………。」 沈黙が刺々しいな。 「……北條さん、山下課長に何か仰いましたか?」 「?いえ。何も?何かありましたか?」 ここでいきなり佐山さんが豹変した。 「……。狡い人ですね。」 低い声。 いきなりの鋭い敵意。 静かに詰め寄られ。 おでこを鷲掴みにされ、壁に頭を叩きつけられた。 ごっつ……ごっつ!ごっつ!……という(にぶ)い音が他人事のように響いた。 いたーっ! 割れるような痛みに目をつぶった。 「こんな平凡、鈍感、能天気に……。」 「…………は?」 狡い?平凡、鈍感、能天気は認めるが。 首を締め上げられる。 「狡いです。あんた!」 「何をっ。ぅぐぐっ!」 ぐぐぐっと絡む指。 俺より華奢な身体をしているのに、首を締め上げるチカラは異様な程強い。 「な……なん、で。」 「僕のはずだったんだ!」 ギリギリ締まる。 「くっ!……な、に何、が?」 「悠斗(はると)さんの相手ですよ!」 「は、……悠斗(はると)くんの?」 耳鳴りがぐわんぐわんと脈打つように鳴り響く。 視界が狭まる。 「そうだ!僕が!僕が北條さんを先に見つけたのに!」 誰かがバタバタと会議室に入ってくると思ったら、首の枷がとれて一気に空気が入ってくる。 息が吸える!…が、勢いつきすぎて逆にむせかえる。 むせて息が吸えない……。 床にひっくり返った俺を、山下課長と悠斗(はると)くんが青い顔をして見てる。 あれ?なんで悠斗(はると)くん? なんかあいかわらずいいおとこだなあ。 頭痛でグラグラしながらそんな事を考える。 そこで俺は静かにブラックアウト。 出産の時と同じ。 恥ずかしいヤツ。 ……………………………… 事の顛末は。 ある日ホクトグループ企画部フロアにある会議室で、佐山さんは悠斗(はると)くんに告白し振られたらしい。 以前からしつこく言い募る佐山さんに、その日はあからさまに冷たい態度の悠斗(はると)くん。 だいたい仕事中というのに私事を押し付ける佐山さんに悠斗(はると)くんは腹を立てていた。 そんなことも知らず、悠斗(はると)くんをどうにか振り向かせたくて、エピペンタイプの発情誘発剤を振りかざした時、たまたま会議室の片付けをしに入ってきたオメガ女性社員が止めに入り、揉み合う内に間違って女性の太ももに誘発剤が打たれてしまったらしい。 会議室の小さな空間で、オメガフェロモンを浴びて、本来ならば一番にヒートを起こしそうな状況で、悠斗(はると)くんはヒートを起こすことなく彼女を医務室へ運んだらしい。 会議室は佐山さんと悠斗(はると)くんが使う直前、俺が通されていた場所で。 トイレに立つタイミングで会議室を使いたいという申し出があった為、俺は何も考えずいいですよと会議室を開け渡していた。担当の部長席で少し話せれば済む話だったから。 俺は発情期では無いものの、悠斗(はると)くんにとってはフェロモンがダダ漏れしてるくらい感じられたらしく。しかも発情させるというより、かなり安心感を与える香りであった為、他のフェロモンを嗅いでも抑制効果として作用したらしい。 もちろん俺の鼻は慢性副鼻腔炎で完全に鼻詰まりしてたから、この時点で悠斗(はると)くんの香りとか知らないんだけどね。 本来ならばこんな事件を起こした花山商事とは取引停止、佐山さんは警察に行くところだったのだが、悠斗(はると)くんが色々もみ消したらしい。仕事上大事な案件を抱えてたのが要因らしいけど。 誘発剤で発情してしまったオメガ女性社員にも、手厚くフォローして、丸く収めたはずだった。 まさか、北條悠斗と結婚し、番となった俺が産休明けに佐山さんと顔を合わせて仕事をする羽目になろうとは。 平凡、鈍感、能天気の俺なんかに負けたのかと思うと悔しくて悔しくて、地味に嫌がらせをしてくれたらしい。どうせ平凡、鈍感、能天気だよ! それなのに全然へこたれない俺にイライラは募り、なんだかんだとエスカレートしたと。 そういう事らしい。 知らんがな。 俺は首を締め上げられて、気を失い。 救急車で病院に運ばれた。 首全体に手のひらの紅い痕と爪がくい込み、皮膚は破れ出血したせいで、見た目はかなり酷い事になってた。 壁に何度も叩きつけられて頭をぶつけており、運ばれてすぐのCTスキャンでは、脳に異常はなかったものの頭痛が酷いのでとりあえず検査入院となった。 結局、せっかく花山商事には佐山さんの悪事を伏せてあげたにも関わらず、今回の件。 温情をかけず適正に処理しておけばよかったと悠斗(はると)くんは俺に謝ってくれた。 花山商事の山下課長も、悠斗(はると)くんから話を聞いても佐山さんへの信頼は揺るがなかった。しかし会議室での豹変振りに、これまで一番近くで佐山さんを見ていたにも関わらず、見抜けなかった自分の不甲斐なさに打ちひしがれた様子だったらしい。 本当は佐山さんと悠斗(はると)くん、普通に出会ってたら運命の番とかだったんじゃないのかな? 佐山さんは悠斗(はると)くんに、悠斗(はると)くんは俺に運命感じるって……どうなんだろう。 俺は鼻詰まってたからさっ。わかんなかっただけだけど。 でも安心する香りの悠斗(はると)くんと番になれた俺は、非常に幸運だったんだなぁと思う次第であるんですよ。うん。 俺も佐山さんみたいに狂わされる人生送ってたのかもしれないとちょっと怖い。 そう悠斗(はると)くんに言うと。 「それはないですね。……優一さん。そんなに求めるほど性欲とか恋愛欲とか…ないじゃないですか!僕にもっと求めて欲しいくらいです!」 いつにも増して喋ってる! 語尾強め!笑 はいはい。 番の印をつけてくれた悠斗(はると)くんになら、もっともっと性欲も恋愛欲?も強めに頑張ります。 見捨てないでくれ! ところで龍は? 延長保育?大丈夫?もう夕方だよ。 もう大丈夫だからさー、おうち帰りたい。 頭痛いのなんて、市販の頭痛薬(優しさ半分)飲み込んどきゃ治るって。
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