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第6話……入院そして
んっふぅぅぅぅぅぅ…うんっ
はぁはぁはぁ。
なんか息も絶え絶えになっちゃって。陣痛の間隔も15分と12分の間をうろうろ。
まだ自宅から出られない。
痛くない時は楽だろ……とか思うだろ?
違うんだよね。
腰はダルいし、色んなとこにチカラ入っちゃって筋肉痛やばいし、足がつったりするし。
つわりを思い出すような胸のムカつきもあって、満身創痍。口は乾くから水分摂るだろ?足は浮腫みまくるし、尿意はくるし。汗かいて気持ち悪いし。でも動けない。
そろそろまたあの痛みが来ると思うと次の陣痛が始まるのは恐怖だし。
10分切ったら朝を待たずに病院行こうと思ってるのに、この時間の壁が憎い。
一睡もせず朝を迎えようとしてる。
悠斗くんも同じ。腰も背中もずっと摩ってくれた。近くに居てくれるだけで、安心するんだ。ありがとう、悠斗くん。
ごめんね、君も眠かろうに。
でも時は進んでいるわけで。
早朝4時を少し回った頃、漸く陣痛の間隔が10分を切るようになった。
痛みも声が出る程には強い。
病院のスタッフにも分かるように、陣痛が始まった時点で病院に電話をかけた。
『はい、中野クリニックです』
「……っん!北條です!……っくはっ!陣痛10分切ってます!……っはぁぁぁ!」
俺のスマホを優しくもぎ取り、悠斗くんが話し出す。
「すみません、優一さんの夫の悠斗です。優一さん、かなり辛そうなんでお電話変わりました。来院していいですか?」
『だいぶキツそうですね。来院お待ちしてます。気をつけていらしてくださいね。夜間外来のインターホンを鳴らしてくれたらすぐ解錠しますから。』
「わかりました。クルマで向かいますので準備も合わせて30分後には行けると思います。宜しくお願い致します。失礼します。」
………………
駐車場でクルマに乗り込む寸前陣痛を逃し、せっかく乗り込んだものの母子手帳の入った俺の鞄を忘れたのに気づき、悠斗くんに自宅まで戻らせちゃった。すまん!移動の最中もクルマの振動で誘発されたのか、これまた今までで一番の痛い陣痛がくる。
シートベルトを握り締めるように引っ張って身を捩る。汗が滴る。
キッカリ10分間隔で病院までキツい陣痛が続く。
電話をして30分後には病院のインターホンを鳴らしていた。さすが悠斗くん。普段なら15分程で行けるところを陣痛逃しつつの倍はかかると踏んでたんだな。
悠斗くんが夜間外来のインターホンを押すと、スタッフの人が直ぐに解錠して迎え入れてくれた。
いつもの診察室とは反対方向にある棟に通され、個室で荷物を置き、スタッフから渡された病院着に着替える。この個室が陣痛から出産迄を過ごす場所。トイレも簡易のシャワーもあり、大きなソファや病院らしくない大きなベッドがあってリラックスできそうな部屋だ。
トイレに行きたくなり、個室の中のトイレに立つ。用を足そうと下着を下ろそうとしたところで陣痛の波に捕まる。お腹全体が鷲掴みされたように締め上げられる。
「ぐわっっっ……ぅぅぅぅ」
カギはかけずに入ったので、声を聞きつけ悠斗くんがすぐに駆け寄ってくれた。い、いや、トイレは入ってこないでよ……とも思ったが、それどころじゃなくなってきた。涙目。
腹のデカい妊夫で立ちションなんてできるはずもなく、静かに座って用を足す。痛みで萎縮しまくってる俺のモノは妊夫の腹で見えないが、相当にこぢんまりしてるのだろうな。横には心配そうな悠斗くん。はい、もう独りにしてくれません。一緒に手を洗って、トイレから小脇に抱えられる形で出てきたところで助産師さんがきた。もうかなり腰にきてる俺は、軽く前かがみの変な姿勢で歩きづらい。悠斗くんが脇からがっしり支えてくれてるから安心して身を委ねる。
「順調ですか?今から監視装置を付けますねー。」
一時間監視装置を付けられて、いい陣痛がきてるのを確認し、6時になり診察室へ向かい、医院長の内診を受けた。
「北條さーん、いい陣痛きてるみたいだねー、子宮口は……まだ固いかなーどうしよう、ラミナリア入れようか。陣痛だけ痛くてもねー」
医院長は独り言っぽく言い放つと、俺の子宮口に何やら処置を始めた。
………………
10分間隔のまま、進まず。
正午。
陣痛はきてるんです。
きっちり10分間隔。
子宮口がひらかない。
ひー。
正午を過ぎると恐ろしい事に10分間隔できていた陣痛が間延びしだした。やばい。
男性の飾りにもならないような乳首をいじって陣痛を促す。
それでも効果がないのを見た悠斗くんがあまりの痛さに萎縮してる俺の小さなモノを、少しでも気持ち良くなるように優しく包んで扱いてくれる。
俺が乳首を弄る手より、悠斗くんの手淫が陣痛を誘発してくれたようで、10分間隔の陣痛に戻り、ラミナリアのチカラもあってか頑なだった子宮口も柔らかくひらきだしたようだ。差し込んであったラミナリアは自然と抜け落ちていた。
一時間毎に来てくれるスタッフさんが内診してくれると15時の時点で子宮口5cm……まだあと半分!
ふぅん……ふぅん、んんんっ!
はぁっ!……ふぅぅぅぅぅっ!
「ダメだよー息んじゃってるってば、それ。ほら、ふーううん。ふーううん。だよー。」
悠斗くんがスタッフさんばりにリードしてくれる。でもね、この頃から記憶も曖昧になる程に、陣痛の波が大きく津波のように押し寄せるようになっていた。
16時30分、入院して12時間。
子宮口は8cm。
痛みも強く、息みたい感じが上回り、抑えの効かない身体は震え出した。
昼に少しだけ口にした昼食のデザートのプリンが、陣痛の痛さで口をついてこみ上げてきた。
ベッドから転げ落ちる勢いで、トイレに駆け込み嘔吐した。
悠斗くんは、俺の今まで見たことない程の駆け込み方に、口を開けて驚いていたのがチラリと見た目の端に見えたが、便器にすがりついて嗚咽を漏らしてるところで我に返ったらしく、駆け寄って俺の背中を優しく摩ってくれた。悠斗くんから香ってくるスパイシーな香りが少しだけ理性を取り戻させる。
ふーううん!ふーううん!
ぐはぁぁぁぁぁ……ぃた!
あまりの痛さに尻に手が行く。
その手を悠斗くんが掴む。
「痛いねー、もうすぐだよ。あと少ししたら息めるよー、ゆっくり息して。」
ふはふはと息も絶え絶えで、陣痛の間隔も短くて痛みの長さも長くなっていた。
痛いのが1分続いて、収まったと思ったらすぐにまた痛みだす。
もうわけも分からず、過呼吸気味になる。
頭痛が酷くて手は痺れてる。悠斗くんに名前を呼ばれるが返事が出来ないでいると、悠斗くんが俺を何度も呼んではナースコールに手をかけていた。
『北條さん、どうしました?』
「すみません、来てください!過呼吸気味で!かなり痛いようです!」
いつも落ち着き払った悠斗くんがこの時ばかりは、焦った声で叫んでいたように思う。
バタバタとクリニックスタッフの足音が聞こえてくる間にも悠斗くんが、悠斗くんの昼食用に買ってきたサンドイッチのコンビニの袋を空にして、俺の口を塞ぐように覆ってくれた。痺れた手の感覚が少し戻った気がした。
この頃から陣痛の合間に記憶を飛ばすようになっていた。あまりの痛さになのか、昨日からの疲れと寝てないせいなのか、たぶん全部ひっくるめて限界になってたんだろうと思う。
悠斗くんに何回も名前を呼ばれ、うっすら目を開ける。クリニックのスタッフさん達もなんか叫んでいたように思うんだけど、聞こえない。
クリニックの医院長の顔も、視界の片隅にあったような気がするがそんなのかまってられなかった。
「ほら!もう息んでいいんだよ!」
悠斗くんが叫ぶ。
うん?いいの?
ちょうどその時お腹の形が変わるほどにギュウギュウと子宮が収縮を始めた。
うっっっっっっっん!……はぁっ!
はっっっっっっっぅん!
ずっっ……。
なにかが腹で動いた気がした。
「優一さん!もう一回!もう一回!息んで!」
ぐっっっっっっっっっっっっっっうっっ!
ぅぅぅぅっっっっっっっっっっっっ!
いたたっ!
あ……あぁっ……あ……
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