第1話……その時は突然やってきた。

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第1話……その時は突然やってきた。

オメガという性に生まれた割に、俺のこれまでの人生は波もなく穏やかだったと思う。 「織田さーん、織田優一さん。」 男性専門のオメガ産科のクリニック。 待合室はオメガ男性でごった返していた。 看護師に名前を呼ばれて待合室の長椅子から立ち上がる。 目が合って看護師は、俺を第2診察室へと促した。 問診で、発情期の遅れと倦怠感を含む妊娠の諸症状と、性行為があったこと、簡易検査薬での陽性を伝えていた為か、尿検査をして待合室で少し待たされただけで直ぐに診察室へと呼ばれ、医師から妊娠を告げられた。 まだ胎児が小さい為、腹の上からではなく、下にエコーを突っ込まれ子宮口から胎胞を確認。エコー画像にそら豆みたいな形が映し出された。 「妊娠されてますね。独身との事ですが、出産を希望でよろしかったですか。…色々な事情で堕胎を希望の場合は……」 「産む方向で考えてます。」 男性医師で、声も物腰も柔らかで安心感があった。自宅からも近いしここに通う事にしようと決めた。 「そうですか。おめでとうございます。予定日は次回の検診で確定します。では出産に向けてしっかりサポートしていきますので、安心してくださいね。こちらで出産を希望される場合は早めのご予約をお願いしてます。里帰りされる場合は紹介状もお出ししますからね。あ、それとパートナーの方にはこのパンフレットをお渡し頂いて、妊娠に関する疑問や不安があればいつでも相談ください。まだ胎児には影響ないので、つわりが酷い間は好きな物を好きなだけ摂るようにしていいですからね。食べなくても胎児に影響はないですから、あまり心配しないように。次は…四週間後にいらしてください。」 医師からはオメガ男性の妊娠、出産に関するパートナー向けQ&Aというパンフレットを手渡された。 その後も医師と看護師、受付の事務員と軽く会話をして、会計を済ませ病院を後にした。 市役所で母子手帳の交付をしてもらい、帰宅。食欲も湧かないが、軽く胃が受けつけそうなものだけ購入してきた。自宅アパートの隣のドアをじぃーっと眺めつつ、一つ溜息を落とす。あのタイミング……よかったのか悪かったのか。俺にはよく分からなかった。 既に親元を離れて10年、一人暮らしも板につき、性欲の強いオメガ性にあるはずの俺は、他人より性欲が希薄なのか、発情期だって抑制剤と自慰で上手に乗り切っていた。 前回の発情期。発情期予定日の前日から気だるさを感じていた為、予定日当日の朝から発情を感じて早々に、電話で勤務先へと発情休暇を申請し、自宅へ籠る準備を始めた。 比較的軽い俺の発情期は、いつもキッカリ三日。フェロモンが漏れてるのも考慮して会社には五日程出られない。周期も遅れない為、営業職でも計画的に仕事をこなせば同僚らのフォローにも助けられつつではあるが大きなトラブルもなくやっていけていた。 着替え、タオル、シーツ、簡易な食料、自慰用の医療用ディルド……やべぇティッシュペーパーとトイレットペーパーが少ない。というかほぼない。今使いさしのティッシュで終わりである。いつもならたっぷり買い置きしてるのに。 他のはどうにかなるとしても自慰のお供にティッシュペーパーがないと…。 ベッドで横になりながらスマホ片手にネットスーパーで足りない日用品を数点決済して配送の手続きをした。 ピンポーン 「はっ…はっ…はっ…はっ………くっっ!」 最後の一枚を手に取り、扱き上げた自分自身を、握り締めるように拭きあげてからチャイムの鳴った玄関へと、ズボンを調えつつ向かう。 「日配品のお届けでーす。」 「すみません、助かります。ドア前に置いてください。今アレなんで…」 「わかりました。合計五点お買い上げで大きな箱が一つとビニール袋に一つまとめて置いてますのですぐご確認ください!ありがとうございました。」 勝手知ったる配達員の遠ざかる足音を聞いて、ソロリとドアを開けて配達された品を家の中に取り込もうとした時だった。 隣の人んちのドアが開き、また来るよとかなんとか軽い別れの挨拶とドアの閉まる音が聞こえてきた。 隣人はベータの男性一人暮らしで、彼女持ちだったようだから、特には問題視してなかったのだけど、出てきたのは隣人の客なのか、筋肉質で高身長のいかにもなアルファな雰囲気のする精悍な顔立ちの男性だった。 俺といえば相当な間抜けな格好を晒していた。少し大きめの箱を下からよいしょと持ち上げる為に、隣人のドアに向けて尻を大きく突き出す格好で、相手を振り返って見上げてしまった。軽く合わさる視線。抑制剤を服用したとはいえ、発情初日の俺。性欲うっすいとは言うものの、突然香ったスパイシーで濃厚なアルファの香りに、自慰で収めたはずの下腹が疼き始めた。 「「うっ」」 俺も相手も同時に同じ呻き声を発する。 ゴトっと箱を落としつつ、尻もちをつきジワジワと後ずさり逃げの体勢の俺。 「……織田さん。発情期ですか?」 見開いた眼が少し鋭くなって、俺を見ていた。その顔を見るが覚えはない。 ?! 誰だよ! 何で俺の名前知ってんだよ! 少しパニクりながらも、そうですとかなんとか。言ったような気もする。 この時俺は腰が抜けていて、自宅のドアノブにすがりついていた。 グレーのスウェットに尻からと前からと漏れ出た液でシミを作り、顔を赤らめ喘ぐ間抜けな俺を、そのアルファは顔色も変えず配達された品と俺を玄関の中へと入れた後鍵をかけ、震える俺を俺のベッドまで横抱きにして連れて行ってくれた。 アルファの香りに当てられたせいなのか、抑制剤がいつもよりイマイチ効かない。助けてくれた男性も、出て行ってくれればいいものを、なぜかじっと部屋の隅で俺を見つめている。なりふり構っていられず、ティッシュペーパーもないのに自分を扱きまくった。いや配達された荷物を解けば中にティッシュペーパーはあるんだけどな。そんなの出しに行く余裕はない。 「ふぅ…ん、あっふ、っっん!」 ベッド横にあるタオルを一つ乱暴につかみ、ドプドプ出てくる白濁を拭い去る。萎えると思われたのに、一回抜いただけじゃ収まらず立て続けに扱きまくった。 「カギっ……そのままでいいんでっ!出てって!……ごめん!よゆーなくて…あふ!んっ!んんっっ!」 「……」 無言で俺の自慰を見つめている男性に、なんとか声をかけたのに、それでも動かない。 自慰なんて見られたくないのに、やめられない。本当は、ディルドを使って後ろも攻めあげたいところだが、そこまで見世物にしたくもないから震える手で前だけ扱きまくる。 「……織田さん。手伝いたいです。いいですか?」 「あっ…ぅ……あんた誰……だよ?あっ!……ぅぅぅぅ…くぅ!」 「ハルトといいます。隣のヤツの友人で……」 そいつはそう言うと、心地いい香りを纏って俺に近づいてきた。初見の男に抱かれるという体験は、28年生きてきて、初めてだった。てか、オメガでありながら、男性経験はゼロだったのだけど。
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