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客 花
蜥蜴だと葉那子が思っていたのはヤモリかもしれなかった。その区別はつかない。尻尾はなかった。切られたのか、切ったのか、先が黒くなって盛り上がっていた。そっちが頭のようにも、小さな黒い実がなっているようにも葉那子には見えている。
屈んだまま動かない少女を、斜め後ろから見ていた婆は、慌てて肩をつかむとそのまま持ち上げて縁台に座らせた。古い板塀を囲むようにステンレスの柵が覆っていた。婆の好きなホワイトピンクのペンキを塗ったのは四日前。柵に沿うように、白とピンクのマーガレットを植えたのは、少女の気分を和らげてやろうといった配慮だったのだが、そのことは誰も知らない。
「お花、キレイ」
葉那子が言うと、婆は唇を横に曲げて、含羞の笑みを浮かべた。歯はみせない。
「そうね」
婆が言う。嬉しいのかそうでないのか、少女にはつかめない。
花にはそれぞれに花言葉があるとママが言っていたのを葉那子は思い出した。そのことを告げると、意外にも婆はポイと横を向いた。そして、吐き捨てるように言った。
「そんなの信じちゃだめよ」
少女が顔をあげると、身を屈めて顔を近づけた婆が、もう一度、強い口調で言った。喋れないと思っていた婆は、はっきりと口を動かしている。そのことも葉那子には不思議でたまらない。
「ねえ、よく聴いて。花言葉なんて┅┅人間が勝手に、無理やり、考えて作ったものなの。だから、なんの意味もないのよ、騙されちゃいけないよ」
突然、睨まれて、葉那子は息をのんだ。すると、急に口調を和らげて婆が低声になって囁いた。
「ねえ、未来ちゃん┅┅本物の未来ちゃんは、あんなものに興味を持たないの。虫も蜥蜴も花も大嫌いなのよ。だからね、わかるでしょ?あいつらに、あなたが未来ちゃんじゃないとわかれば、ややこしくなるから、あんなものに興味を示さないで!」
何度も念を押されながら、葉那子はこくんと頷いた。見上げた婆の双眸のなかに、白とピンクの花びらが映っていた。婆が顔を動かすたびに、婆の眼の中で花が踊っているように葉那子には見えた。
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